※夢枕版 陰陽師
※現代パロディでゲイパロディ
※精神的にR15
※15歳未満は読まないでください
※
妄想設定
「動くなよ?」
闇の中に妖しい香りが漂っている。晴明が口元に浮かべた微笑を、縛り上げられ視界を塞がれた男はそれでも気配で察して晴明に服従を示した。晴明もまた男が目隠しされたその奥で哀願の目をしているのが分かって微笑んだ。
博雅は制服のまま床にゆったり座った。強い南風のある日で朝に家を出た時よりも昼間の今は7度も暑く、そのためブレザーのジャケットは脱いで博雅の隣に置かれている。
「学校は?」
晴明が聞くと博雅は背伸びをしながら答えた。
「午前だけ行った。統一試験だったから」
晴明は博雅が以前そんなことを言っていたのを思い出して「ああ」と気の無い返事をした。
「晴明がいてよかった。お前、土日も仕事で家にいないことがあるから」
「議会があったり、出張があったりするからなあ」
「今日は?」
「休み。たまたまな」
博雅は晴明を怪訝な目で見た。
「お前、俺が来ることが分かっていたのか」
博雅の突飛な発想に晴明は始め驚いたけれど、すぐにおかしくなって笑った。ははは、と少しわざとらしい笑い方が博雅はけっこう好きだったので晴明を責めずに睨むだけにしておいた。
「俺を超能力者の様に言うなよ」
「そういうつもりじゃなかったんだけど。お前はそういうところがあるだろ」
晴明は片眉を上げて目を細めた。
かたん、と音が鳴った。
「なんだ?!」
驚いたのは博雅である。晴明は何も聞こえていない様に振舞っているが博雅には確かに上階から物音が聞こえた。
博雅は耳が良い。
博雅は自分の耳を信じているし晴明の危険に対して無頓着なところをよく認識している。
「聞こえなかったか、今?!」
「何が」
「音。物音がした」
「そう?」
「誰かいる」
博雅が怯えるのには理由がある。
博雅にとっては炊事や洗濯などの家事は家政婦を雇ってやってもらうものであり、家人が居ない間は彼らが家に居て留守を任されている。その上でセキュリティ会社に警備を任せている。ところが晴明は昼も夜も留守がちで家政婦もやとわずセキュリティ会社とも契約していない。
博雅は無意識の内に膝を付いて立ち上がる準備を整えた。その目は見えない敵への恐れと正義感に溢れている。
不自然に感じる程には確かな音だった。
誰かが、居る。
「猫かもしれない」
晴明は珍しくポーカーフェイスを崩して言った。物音を警戒する余り博雅は気付かなかったが、傍から見ればそれは焦りの表情だった。
晴明には音の原因がわかっている。
「猫?」
「餌をやったら懐かれて、時々家に上がらせているから」
「お前が猫を?」
晴明は博雅の気持ちも十分に理解しながら「おかしいか」と尋ねた。
博雅は少し考えてから何かに納得したような顔をして言った。
「なんだ。そっか」
「何が」
「何って。晴明、お前、俺に遠慮してんの?」
「『遠慮』?」
自慢にはならないが晴明は博雅に対して『遠慮』などという奥ゆかしい態度で接したことはない。思ったことで言いたいことは言いたい時に直ぐに言う。そんなことは博雅自身が一番分かっていると思っていた。
博雅は脱いで横に置いたままになっていたブレザーのジャケットを取って立ち上がった。
「誰か居るんだろう?」
晴明は返すべき言葉が見付からなかった。
「いいよ、別に。俺はお前のプライベートを詮索する積もりじゃないからさ。休みの日に悪かった。今度はゆっくり会える時にまた会おう」
博雅はそうと決めたら行動が早かった。晴明が弁明しようかと迷う間もなく部屋を出てしまった。晴明はその後を黙って追い掛けている。
「彼女がいるなら、そう言えよ」
博雅は玄関で靴を履きながら言った。
晴明は「違う」とは言わなかった。人が居るのは確かだ。しかし博雅になんと説明すれば良いか分からなかった。
「じゃあ。仕事頑張って」
晴明がそれに答えるのを待たずに博雅は早足で立ち去ってしまった。
晴明は男の前に仁王立ちした。
「動いただろう?」
男を縛る麻縄がみしりと鳴った。男は頷いて土下座して許しを請いたかったけれど縛られて身動きを奪われていたから非を認めることも拒否した。
いつもなら、これだってプレイの内だ。
血が出るまで鞭に打たれるだけが悦びではない。痛め付けられるだけなら機械に鞭を持たせればよいのだ。でもそうはしない。鞭を打つ方だって打たれる方と同じくらい快楽を感じるから互いをパートナーとして認め合うのだ。
晴明は男がいつもと違うのを感じた。
晴明自身も遊びを続けられる心境ではなかった。
晴明にとっては博雅は世界にただ一人の存在であり、博雅がいるから生きていけるのだと思っている。博雅に敵うものはなく、迷いなく自分の生命よりも博雅を選ぶと自覚もしている。
博雅が帰ってしまった。
単なる遊びの為に。
快楽への期待も悦楽も興奮も何処かへ行ってしまった。気持ちが冷めてしまった。男もそうなのだろうと思う。
晴明は男の目隠しと口枷を外して縄を丁寧に解した。ゆっくり静かに解していった。
「風呂に湯を張るけど。使う?」
男は晴明を睨んだ。
「安倍さんって、ヒロマサ君と付き合ってるの」
「付き合ってない。もう服を着てもいいよ。終わりにするんだろう?」
「『終わり』って?」
晴明は麻縄や口枷をベッドに放って部屋を出た。
男は裸のまま晴明の後を追って行く。
「『動くな』って言われてたのに、俺は動いたんだよ?」
丸でその罰を望むかのように男は言った。
「わざと、動いたのか?」
晴明が男にそう言った時、その口元には笑みがなかった。赤い唇にも涼しい目元にも感情が無いことに男は初めて気が付いた。そんな顔は初めて見た。
「ほら、正直に、言え」
晴明は男の唇に人指し指を当てて言った。そのまま徐々にその指を口内に沈めていく。
「違いますアレは本当に……!」
男はなんとかそれだけ言った。
男は晴明との行為が好きだった。自分の他に何人もパートナーが居ることは知っている。鞭で打たれた場所が真っ赤に腫れ上がって燃えるように痛くなることもよくある。こんな苦しい行為はもう止めようと思うこともある。
でも、また会ってしまう。
晴明と会えない時だって、思い出して一人で慰めてしまうこともある。
パートナーに対する気持ち以上のものが生まれていることに男は今日気付いてしまった。博雅というただの高校生に嫉妬したのだ。博雅が自分より優先されることが許せなかった。こんなのはもうプレイではないと思ってしまった。
動いたことも無意識に身体がそうしたのかもしれない。
男は自分では気付かなかったけれど殆ど泣きそうな顔をしていた。
「お前はかわいい男だな」
晴明は小さな声で呟いた。切れ長の目がほんのり細められている。
「か、か……」
男は驚きに目を見開いた。晴明には身体を褒められることはあるし言い付けを守ればなんとなく褒美を貰うこともある。しかし今のように言われたことはただの一度もない。
男はだから余りに吃驚して言葉が出なかった。
晴明はマゾが好きだ。
晴明は確かに受け入れる側になったこともあるし今だってどうしても無理とまでは思わない。しかしマゾの思考については全く理解できない。
思わぬ時に思わぬことを言われることがある。
なんでそんなことができるんだ?
晴明はそう思いながらも彼らを愛しんでしまう。
「何時まで裸でいる積もりだ。湯が溜まるまでまだ時間がかかる。それまで、どうする?」
晴明が誘うように言った時、男のそれはぞくぞくと反応し始めていた。