ふつうじゃないのは分かってる。
「このスカートはどうですか」
「着てみたい!」
「この裾がいいですね」
「わー、可愛い」
「やっぱ脚が綺麗だから映えますね」
「あはは、遠目で見たらね」
弘介くんが僕のことを言いふらしたら、もうあそこにはいられなくなる。そういうことをしてるのだ。
寒気がするほどの快楽がある。
「弦楽同好会に入ればよかったじゃん」
「嫌だよ、面倒くさいから」
「やる前から面倒とか言うなよ」
「やることが面倒なんだもん」
「お前ねえ」
「学校来てることだけでも褒めて欲しいくらいなんだからいいじゃん」
「……そうだね」
晴一朗は先生にも馴れ馴れしいけど、仲は悪くない。なんだかんだ可愛がられる。
しかし反抗期。
陽「前髪伸びてきたら止めればいいと思いますよ」
真希「そう?」
陽「はい。可愛いです!」
真希は可愛いのもそれなりに好き。陽とは特に仲がいいわけではない。
「またトモんとことパーティーするって言ってたよ」
「飽きないねえ」
「僕らは顔出すだけでいいってなってきたからいいけどね」
「ま、仲良いことは宜しいことですよ」
部屋は広いけど2人とも大きい声で話さないから近くにいる。基本的にテンション低め。
トモは母親みたいだ。それが何かは説明できないけどとにかく母親みたいだ。間近で拍動がする。
僕が笑えない時に近くにいてくれた。
トモは突然現れたけど彼がいることに違和感を感じたことはない。きっといつも近くにいてくれた。なんでか分からないけど知ってる。彼は僕の味方だ。
僕が笑うことしかできない時に近くにいてくれた。
僕が甘えたい時に友情よりももっと甘い距離にいてくれた。トモは僕の泣き声を知っていて極小さなそれにも気付いてくれる。
声が聞こえる。
遠くの囁く声が、近くの叫ぶ声が、僕を世界に引き留める。
トモの声は響く。身体で反響する。
僕たちは発した傍から蕩けていく睦言みたいな会話をする。赦すこともなく憎むこともなく拒むこともなく掛け合う。
僕はトモだけを呼ぶ。
トモ、とも、とも。
慧弥はいつも無表情で、俺が転入してから彼が転校するまでの1年弱で10回も笑わなかったと思う。しかもそれは気まぐれに行われる俺と慧弥の家族とのホームパーティーにおいての作り笑いであって、学校で笑っているところは1度も見たことがない。
彼は学校で孤立していた。
俺は悪意に加担するのが嫌で必要以上に慧弥に構っていた。彼は嫌がらずにいてくれたけれど、時々自分が悪者なのではないかと思う程周囲は彼に冷淡だった。
彼が公立中学に進学したのは仕方のないことだろう。
慧弥は中学ではよく笑っているらしかった。
彼のご両親は慧弥の対人関係については何も知らなかったし、慧弥は知られないだけの完璧な演技をしていた。だから公立中学に行くことには激しく対立されたみたいだけれど、いつでも編入できる学力を維持するという約束をして慶明から出ていった。
慧弥には嫌がられたけれど無理に進学先の中学の文化祭に行ったことがある。
「よく笑ってて安心した」
「うん」
「俺は無理に笑うくらいなら笑ってなくていいと思うんだけどね」
「でも、楽しくて笑うのは好き」
「そうだね」
「トモの真似したんだ」
「俺の真似?」
「そう。そしたら笑えた」
「そっか」
その日、彼が俺にだけ幼くなるのに気付いた。
彼は人気だった。運動神経は人並みだけれど、それ以外は人よりなんでも優れているのだ。一緒に校内を回る間にたくさんの人に挨拶され、友人の俺が嬉しくなるくらいだった。
しかし強い違和感を感じた。彼は誰より優位な立場で話していたから。
慧弥は初対面の時から弱っていた。白くて細くて、俺の支えがなければ折れてしまうように思えた。今でもそれは変わらない。俺といる時は。
「あー!芳賀!探してたんだよ!」
「やあ」
「仕事サボるなよー」
「サボってないよ。友人を案内しているんだから」
「すっげー探してたんだぜ?」
「そう」
「そうって、俺ら困ってるのに!」
「僕は困ってない」
「ぇえー」
「たまには休ませてよ」
「……」
「必ず戻るから」
慧弥はそう言って笑った。あからさまな作り笑いではなかったから安心したけれど、自分といる時の彼とあまりに違って不安にもなった。
それでも、彼は俺にだけ甘えているのだと思ってしまえば嫌ではなかった。
両親にすら甘えない彼が、俺に甘える。
慧弥の歪んだ心理は、俺にとっては愛しかった。嬉しい。喜ばしい。大切にしたい。愛おしい。
「あれえ?今日はりょーとデートですかあ?」
「なぜ?」
「化粧が濃い」
「……」
「ぇえ!?無反応!?冴ってなんか最近俺に冷たくね!?」
「……」
「お前笑えば美人なのにさあ、」
「あなたのせいで良平に誤解されたのよ」
「ハァ?」
「あら、わざとかと思ってたわ」
「なんで?どこを誤解……?」
「……」
「確かに俺は人のもん取るの好きだけど、良平から何か取ったことはねえよ」
「……」
「なんだよ。言われなきゃ直せねえよ。誤解ってなんだよ」
「笑い過ぎ触り過ぎ一緒にい過ぎ」
「ハァ!?まじかよ……」
「あと電話し過ぎ」
「りょーって束縛したい子なのな」
「……」
「仕方ねえなあ。お前らが元鞘んなるまで控えてやるよ」
「あ、それだけど」
「どれだけど?」
「付き合ってるのは付き合ってるのよ、もう」
「あ、そうなの?」
「あのあとまた付き合って別れてまた付き合って今の状態」
「……」
「京平くんのせいでまた別れるところだったけれど」
「……お前ら何やってんの」
「……何かしら」
「……」
「とにかく、あなたも彼女だか彼氏だがを早くつくって良平を安心させてよ」
「あはは、オーケー」
「……」
「冴ももうちょっと化粧薄くな」
「……」
「おー、冷たっ」
「なんで笑わないんだ」
ルーセンはまじまじと俺を見た。
「…ガキの時に一生分の笑顔を振り撒いたからじゃねえの。てか、あんたに言われたくないね」
ルーセンはいつも無表情だ。
「私が笑わないのはお前といる時だけだ」
「死ね」
やっぱり互いに笑わなかった。
気付いたら犯罪者の『面倒』を見る役目を負わされていた。嫌いじゃなかったから、余計に質が悪いんだろう。
私は知っている。自分のやわらかで均整の取れた容姿を。
ふわふわの巻き毛。それは窓からの僅かな太陽光をも弾いて煌めく。
滑らかな肌。そのくすみのない乳白色は豪奢な服よりも社交界に映える。
大きな瞳。それは角度によって温かくも鋭くもなる繊細な碧。
引き締まった身体。その筋肉と長身と長い手足とからは品位が漂う。
私の仕事を知ってどこからともなく現れ、そういう遊びを要求する人はたくさんいた。それを自分では楽しいと思えなかったけれど、拷問未満の行為なら何も考えなくてもできたから苦痛に感じたことはなかった。
でもセシカは特別。
衰弱した身体と流れる紅との対照は鮮やかだった。それを自分が生み出し自由にしていることの愉悦は彼にだけ感じた。
そう思ってから元気に笑いかけるセシカの表情はそれ以上の価値があることに気付いた。
人為では造れないものこそ美しい。
綜悟さんが好きだ。それは恋愛感情でも友情でもなく、もっと醜く嫉妬深いものだ。
「綜悟さんってどうやってダンテに来るようになったんですか?」
「知り合いが見付けたのを紹介してもらったんだよ」
「へえ、そうなんですか」
「うん」
「あの店ってマスターの趣味で成り立ってますよね。この間なんて中学生がまでいましたからね」
「きっとお客の恋人なんだよ」
「あー、」
「マスターの趣味かもしれないけどね」
「……綜悟さんも中学生はアリなんですか?」
「はは、人によるかな」
「俺はアリですか?」
「はは、どうだろう」
「そもそも綜悟さんってストレートなんですか?」
「……どうだろう」
悲しそうな顔をした。微細に歪んだ瞳の奥に、きっと俺はいない。
踏み込めないのなんて知っている。入り込めないのなんて知っている。俺は綜悟さんを知っているけれど綜悟さんは俺を知らない。
綜悟さんは平伏す。いつも周囲の全てに服従している。
綜悟さんの2浪が決まった時に、俺と良平だけがいつまでも綜悟さんの側にいた。傍らにいた。俺たちは絶対に綜悟さんを傷付けないし、俺たちは綜悟さんを守る為だけに在るから。
綜悟さんは完璧だ。造形から人格までの全てが完璧だ。俺の理想をあの細い身体一身に背負っている。
綜悟さんと話していると心が落ち着く。汚い言葉も卑劣な感情もどこかへ行ってしまう。
「忙しくても連絡取ってあげてくださいね」
「うん、そうだね」
「おはようってだけのメールでも女の子は喜びますから」
「……そうするよ」
言ったそばから携帯でメールを打つ綜悟さんは、やはり俺の理想だった。どうしてこうも綺麗でいられるのだろうか。真っ直ぐでいられるのだろうか。
綜悟さんは完璧だ。俺の入る小さな間隙すらないほどに、綜悟さんは完璧だ。
「どうして京平くんとのこと気にするの」
「それは、嫉妬してるからじゃないかな」
「でも気分いいものじゃないわ」
「……でも、やっぱり気になるよ」
「……」
「俺より電話してるじゃないか」
「あなたとは直接話してるじゃない」
「京平といる時の方がたくさん笑ってる」
「悪巧みして笑ってるのよ。どちらと長く笑ってるかなんて分からないけど、恋人と悪巧みしたいわけじゃないでしょう?」
「触られても嫌がらない」
「向こうにもこっちにもその気がないからかしら」
「それにしては2人きりでよくいるじゃないか」
「だったら別れる?」
「……」
「付き合って別れて付き合って別れてって、何回繰り返すの?」
「……」
「それで私が京平くんと付き合えばいいの?」
「違う!」
「ならどうしてほしいの?」
「……俺とだけ、恋人でいてよ……」
「……そうしてるじゃない」
「他の誰を口説いてもいいけど、恋人は俺だけだって言ってよ」
「……」
「好きだって言わなくてもいいから、嫌いにはなるなよ」
「……」
「それがダメならやっぱり別れようよ」
「好きよ」
「……」
「あなたのことが好き」
「……朝来」
「好きよ。じゃなきゃ付き合ってって言われる度にいいなんて言わないもの」
「……」
「忘れないでね」
「ん?」
「あなたは私が口説いたんだから」
「……」
「いい?京平くんと良平は全然違うわ。私は良平が好きなの」
「……」
「……いい?」
「……うん。ありがとう」
「裏コンにエントリーしてた人でさ、朝来先輩って人知ってる?」
「ぉお!俺は柳先輩に入れたけど、知り合いはけっこう朝来先輩に入れてましたよ」
「あんた柳さんがタイプなの?」
「いや、そこツッコミます?」
「止めとく。てか裏コンって学年末の公式ミスコンより投票率高いって言うしねー。美人なはずだよね」
「てか、生徒会長なった途端に人気上り調子の公式ミスターな会長と、中等部の時から裏コン常連の超絶美女って、めちゃめちゃスーパーカップルじゃないですか」
「お、いい反応!」
「俺はミーハーですからね!」
「柳さんに投票しといて?」
「いやあ、俺ドMなんで」
「なんか裏コンネタから知りたくもない事実が露わになってるんだけど」
「すみません」
「てか正統派色男とミステリアス美女のカップルだよ!」
「なんか2人のイチャイチャは超エロい気がする」
「お子様には見せられないね」
「キスとかディープ以外ありえないみたいな」
「そうだね。会長束縛キツそうだし」
「あとかなり変態なプレイを要求しそうです」
「あんたさっきから会長を変態にしたいわけ?」
「ふつうじゃ満足しないでしょ」
「いやいや」
「てかどっちが告白したんだろ」
「ぇえー、そこは会長にいいとこ見せてほしいなあ」
「……ヘタレという噂も出てます」
「まじ?想像付かないなあ」
「でも美人ってSとかMとかいうのないよね。どっちも様になる」
「確かに会長がドMでもイジメたいって人たくさんいそうだし、朝来先輩がドSでも従わせたいって人たくさんいそうだよね」
「なんか踏み込んではいけない世界ですね」
「そうだね」
「更に恐ろしいのは、美人って男女も関係ないとこですよ」
「どういうこと?」
「会長が淫乱だとして、複数の筋肉質なお兄様に可愛がられる」
「……美しいから許す」
「ですよねー」
「うん、アリ」
「次に朝来先輩がツンデレだとして、美女なお姉様にだけ甘えた声を出す」
「……アリ。美しいから」
「ですよねー」
「会長ならどんなにサディストでも耐えるって女の子いるだろうし、朝来先輩にしたってあのクールな表情がいいって男は山ほどいると思うなあ」
「でも2人とも自覚ない感じしますけどね」
「てか朝来先輩って真井京平先輩と仲いいってのは聞いたことあるけど、会長の方だったんだよねー」
「京平先輩は内面的な問題じゃないですかね」
「それ本人に聞かれたら殺されるよ」
「はは、洒落になりませんって」
「この話漏らしたら真井京平先輩に言うからね」
「そんな可愛く怖いことお願いしなくても話しませんよ!」
「よろしい」
「先輩」
「あれ?練習は?」
「今日は体育館が使えないんで休みなんです」
「窪町は部活やるって言ってたよ?」
「あー、まあ、みんなは自主練ありますからね」
「相変わらずやる気ないねー」
「そうでスねー」
「……」
「今日はカレシは来てないんですか」
「うーん、」
「沙織先輩まだ若いんですから、止める時は止めていいと思いますよ」
「……やめるって何」
「……すみません」
「すみませんって何」
「……」
「あー、ごめん。八つ当たりかも」
「……いや、俺が無神経なこと言ったから……」
「まあ私のことはいいじゃん。あ、生徒会長の話してよ」
「なんの話ですか?」
「彼女ができたんだってさ」
「へえ。でも、会長は超優良物件ですからねー」
「あの人の悪い話って聞かないもんね」
「あー、ヤダヤダ」
「男の嫉妬?」
「あはは。でも相手も違わず超優良物件なんでしょうね」
「言えてるー。まあ私相手の人見たんだけどね」
「まじスか」
「めっちゃ美人でスタイルも抜群」
「おー」
「そして実は名前も知っている」
「まじスか」
「思ったより噂が広まってないから、ここだけの話にできる?」
「もち」