慶長の禁教令により
キリスト教の
禁止令は全国に広がりましたが
江戸幕府は信徒への弾圧など
徹底した対策は
取らなかったために
地下に潜伏するかたちで
隠れキリシタンに
なるキリスト教信者も
出てきてました
また京都には「デウス町」と
呼ばれる
キリシタンたちが住む
地域も
残されたままになりました
この幕府がキリシタンたちに
徹底した対策が
取れなかった背景には
宣教師はポルトガル貿易に
深く関与していたと
考えられていたとされます
幕府による取り締まりが
厳しさなるのは
もう少し先になります
この幕府がキリシタンに厳しく
対処することになったのは
元和の年間になります
これは元和の大殉教と呼ばれ
最も多くのキリシタンが
処刑された事件です
京都の所司代だった
板倉勝重は
キリシタンには好意的でした
そのため「デウス町」などが
京都には存在してました
しかし禁教令が断続的に
発布されていき
1619年に
改めて禁教令が出されて
板倉勝重も黙認出来なくなり
キリシタンを
捕縛し牢に入れます
しかし勝重は時の将軍の
徳川秀忠に
大目に見てもらおうと
しましたが
逆に秀忠の怒りを買い
火刑を命じます
その人数は52人で
4人の子どもと
1人の妊婦も含まれてました
〜次回 長崎の歴史に続く〜
from Itsuki
↑パンサーくん
カメラ目線です
3000万円〜かなり巧妙な脱税を。
儲かってくると税金払いたくないから
悪いことを考えるのかな(-_-#)
水曜日。元気にいきましょうm(__)m
週の真ん中★水曜日。曇り空からのstart。
あとわずかで3月も終わり。
元気に過ごしてね。
いい日になりますようにm(__)m
鎖国を敷いた上で、外来の宗教に弾圧を加える。
日本の歴史の汚点とも言える出来事ですね。
しかし世界では圧倒的大多数がマイノリティを弾圧する行為が後を絶たないばかりか手段が巧妙化してると懸念します。
9・11以降政治家が繰り返し口にする
「テロとの戦い」
その言葉に特に危険を感じます。
少数民族への弾圧を正当化するレトリックとして、テロとの戦いと言う単語が飛び交っている。
テロとの戦いと称する事で容易にマイノリティの活動を制限できてしまう。
しかも圧倒的な指示を受けながら。
多分江戸時代でも幕府はキリスト教徒に対する悪評を広げ、庶民の危機感をあおったか煽ったかもしれません。
こうした悪行が巧妙になって今も世界で続いている。
テロとの戦いと政治家が口に出した時、私はその裏を調べたいと思っています。
騙されない。
流されない。
それが大切だと思います。
禁教令から火刑をするとは。
弾圧とキリシタンにとってひどさが(>_<)
悲しい歴史に。
火曜日。お疲れ様でしたm(__)m
ボルトガル貿易があったから、あまり
厳しい対策はせず・・
京都にもキリシタンの町が。
ひどいな火刑をするとは(●`ω´●)
浮かばれないよ。