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短編小説 作:カゲ帽子

『おれの日課は遺書を書くこと』


いつからこんなのが日課になったのか。それはあの日、大切な人がいつも通りの生活から除外されてしまったあの日からだ。

おれは毎朝起きたらまずカーテンを開ける。空がだんだん明るくなってくる頃、おれは机に向かい、ペンを装備して紙と戦い始める。
家族へ、友人へ、そして変わりばえのしないでもどこかにくめないこの世界へとなにかを言い残すために。


「あいつに貸したゲーム、返せって書いたし…
弟にはおれの部屋を好きに使えって書いたし…」

そんなくだらないことを毎日書いている。
そんなくだらないことを真剣に書いている。


「あ!あと、PCのデータは全部っと…

「「なぁ…」」
「なんだ。また現れたか、弟よ」
「「飽きないの?毎朝、必要ないもん書い…
「必要なくなんかないぜ」
「「…」」
「おれがいつ死ぬかなんてわからんだろ」

大切な人と同じように。


数年前までそんなこと思いもしなかった。
おれには大切な人がいて、いつも他愛のない話と彼女の笑顔を見るのが楽しみだった。

「「「ねぇ、将来何になりたいの?」」」
「さぁ」
「「「さぁって」」」
「でも、ずっとこのままがいいかな」
「「「はいはい。ずっとそばにいさせてもらいますよ」」」

そういいながら笑った顔は、数年経ったいまも忘れてない。
あの日の眠った顔だって。


「ずっとそばにいるんじゃなかったのかよ」

弟はすでに一階のリビングへと降りていった。おれは記憶のなかの彼女に文句をこぼしながら、机にふせっていた。

「やべっ!遅刻するっ!」

今日はいつもよりものんびりしてしまった。遺書はいつもの一番上の引き出しにしまい、おれは仕事へとむかう。

「おはよ」
おはよ。今日も遺書なんて書いてたの?
「いつお前と一緒にこの世界にサヨナラしてもいいように、お前の分まで書いてあるからな」
はいはい。いつもそばにいるってば
「わかんないだろ?明日消えちまうかもしれないじゃんか」


彼女はいつもそばにいてくれる。その分まで生きていたいけど…今日は違うみたいだ。



これが今日のおれの朝。そしてこれが今のおれ。
体中、いろんなチューブが命をこの世につなぎ止めている。

帰り道。いつも通りの道。たまたま眠くて目を瞑った一秒でおれは宙を舞い、真っ白なシャツは真っ赤のシャツに変わった。
事故なんて珍しくない。偶然の偶然。
逆にいうなら奇跡に近い。
苦しい息のおれは誰もいない白い壁に囲まれた空間で呟いた。

「ほらな……、いつ…、サヨナラするかなんて…、わからないじゃないか」
弟ならわかってくれる。彼女ならわかってくれる。この世界が嫌いじゃなくて、大好きだってことを。彼女と生きた時間をくれた世界に。



「「バカ兄貴……」」
遺書の内容はコロコロ変わるけど、最後の文章だけはいつも変わらない。




『言いたいことはこれだけです。それじゃあ、また明日』


「「遺書のクセにまた明日とか…。一番死なないって思ってたのは、自分じゃないか」」



「「「もういいの?」」」
「いつもそばにいてくれるんだろ?」
「「「そりゃあそうだけど」」」
「じゃあ、いこうか。おまえに話したいこと、いっぱいなんだ」

いつ死ぬかなんてわからないけど、それまでの間の楽しかった時間を最後にこうやって話したいから。おれの日課は遺書を書くことなんだ

END
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