pm6:45
歩く影が二つ。夕陽を背に、一つは陽気にぴょこぴょこと、一つは陰気にすたすたと、相成すように動いていた。
帰り道、変わらないつまらない情景の一つ。
でも、私はそれでよかったんだよ、認めることはできてたんだよ―
「なるほど…それであんなギターソロか…」
薫が手に持ったソフトクリームを舐めながらそう呟いた。
「手打ち料だって払ったんだから、絶対誰にも言わないでよね…恥ずかしいから……………」
若干顔を赤くさせ、段々よわよわしくなりながら、渚もそう念を押す。
「にしても…悔しいから、ねぇ…。まさかあの渚が、他人に触発されるとは…」
「だって…薫も見てたでしょ?あれ」
あれねぇ…と呟き、どうやら手打ち料らしきソフトクリームのコーンにかじりついた。
三日前のこと。
二週間ほど前、行きつけのライブハウスから出演依頼があり、いつものように渚ら4人は出演することになった。オーナー曰く、「バンド数が足りなくてイベントどころではない」らしい。それで、急きょお声がかかったのだ。
全部で5バンド、
持ち時間は30分、
pm7:30 START
ここまでは、よかった。
「4番目…ですか…」
いつもならば、渚のバンドはそのライブハウスには気に入られているため、高校生イベントでは大体のライブでトリをつとめさせてもらえていた。しかし、まさかの4番目。さすがの渚も呆けた声を出さずには、いられなかった。
『まぁ、高校生イベントじゃぁほとんどはトリやってた君らにとっちゃぁそれでも不服かもしれないが…。あれだ、上には上がいる、ってぇやつさ。』
順番なんて気にせず頑張りな、と一言言い残して、電話は切られた。
次の日、暴れだす杉原をなだめるのにスタジオの使用時間の半分を費やしたことは、言うまでもないかもしれない。
そして、迎えたライブ当日。
杉原はあからさまに不満そうな顔をして、集合の15分前に着いた渚をライブハウスの前で待っていた。彼女のモットーである30分前行動は、彼女の機嫌など関係なく行われるようだ。本人曰く、「大は小を兼ねる的なもの」らしい。
5.手打ち料と色んな真実の序章
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嫁が、折れました。
事故でした。
母親のごめんで目が覚めました。
何が起きてるのか理解できませんでした。
嫁が、ギターが、黒い、Gibusun Studioのレスポールが、フレットを境に、ぱっきりと。
まさか、こんなに、俺が泣き叫ぶとはと、今でも不思議な気分です。
死にたくはないけど、
泣き止んだと思ったら、
彼女との思い出が蘇って、
また泣いてしまうという。
まぁ…ものは…いずれ朽ちますので…
そういう、ことで、いいのでしょう
多分。
やっぱり、このメンバーで合わせるのは、気持ちいい。ストレスはあまりないし、大体は私の欲しい音を、持ってきてくれるし、皆もそれでほぼ、しっくりきてる。
ときどき、不十分を感じるときもあるけど、人間が違うわけだし、それも最低限だから、十分満足できる。
そう思いながら、彼女は指を動かす。ベースとドラムの音にのっかるようにして、六弦をかきならす。
「ちょっといいか?」
ベースの音が止まり、バンドは演奏を中断した。
「どうした、浅倉クン。どっか気になるとこでもあった〜?」
と、今まで気持ち良さそうに歌っていた女が問う。
「今の直前のとこさ、最後のワンフレーズにさ、ギターにちょっと違った色をつけてみないか?」
「どういうこと…?」
渚は浅倉に不思議そうな顔をする。
「多分、連続してる音のパターンに、ちょっとアレンジを加えてみて、違った感じを出そうってことだろ、浅倉クン?」
と言うと、ペットボトルのなかに入っている水に口をつけた。
「あぁ、なるほど。」
「浅倉クンは芸術家肌だから、なかなか言ってることが伝わりづらいんだよね、比喩表現よく使うし。」
「そのための、俺のスポークスマンだろう?」
顔を見合わせて、拳を付き合わす二人。
「ほんと、よくわかるよね、杉原は。私は国語力ないからさっぱり…。杉原も芸術家肌なんじゃない?」
「いやいや、そうじゃないよっ。ウチと浅倉クンは長年のお付き合いだからさっ。まぁ、腐れ縁ってやつ?」
両手を上げ、やれやれとでも言いそうなポーズを作る杉原。
「まぁとにかく、ギターに違った色をつける、だっけ?やってみるから、さっきのフレーズからいこう。」
「んじゃ、西園寺クン、スティックカウントよろしく」
西園寺と呼ばれた男は、ぐっと伸びをして、無表情でスティックカウントを刻む。
気持ち良さそうにアンサンブルを奏でる彼女らを、微笑ましそうに眺める。それだけでも、彼女は幸せだったのだ。それだけで、幸せだったのだ。薫はそっと、鞄の中のトイカメラを取り出して、気持ち良さそうに演奏する4人をフレームに収めた。
4.バンド
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pm4:30
―講堂に鳴り響く音
歪みのかかった、抜けの良い弦楽器の音。
ディレイのかかった綺麗なフレーズ。
決して速いわけではないのに、息を飲むような、その指使い―
不意にドアが開き、つい指を止めてしまうが、姿を確認すると、彼女に対してそっと微笑んだ。
「今は私しかいないよ?みんなちょっと遅れるみたい。」
彼女はすっ、とギターのボリュームのつまみを回せるところまで回す。
「それでいーのっ。私は渚のギターを聞きに来たんだから。」
そう言って、薫は近くにあった椅子に自分の鞄を置く。
「今のは?新曲?」
「うん、まだ曲ってほどでもないけど…。今のフレーズしか思い付いてないからね。」
そう言って、さっきとは打って代わり、パンキッシュなパワーコードのフレーズを弾く。
「この前の曲もよかったけど、今回のもいいね。いつもと雰囲気は違うみたいだけど…」
鞄を置いた椅子の隣のものを渚の近くまで引きずり、ちょこんとそれに座る。
「でもそんな感じも好き、だな。」
まじまじと[弾いてほしい]とでも言いたそうな顔をしてそう薫は言った。渚は嬉しそうに、やれやれとぼやき、ギターの音量を上げる。
流れる旋律。
ディレイのせいか、音の配列のせいなのか。
それとも、これが渚の心情なのか。
何かはわからないけれど、切な気な、そのフレーズは、綺麗で…。
「こんな感じ…かな?」
途中で演奏を止め、照れくさそうに頬をかくそぶりをしてみた。実際、未完成のそれを人前で弾いたのが若干恥ずかしかったのだろう。
「すごくいいんだけど…なんで途中で止めちゃったの?」
ものすごく不服そうな顔をする薫。
「ぇ、いや、あのフレーズはあそこで終わり。そうじゃないと無限ループだし…」
「嘘、続き、あるでしょ?」
「う…」
続きは、ないことはなかった。
「でも、頭の中でしかないし…絶対途中でミスるし…やりすぎたらそのまま勢いで弾いちゃいそうだし…」
ははっと笑って、渋い顔をしつつ、ギターのボリュームを下げる。
「だーめっ、今ある最後まで。」
薫はギターに手を伸ばし、すっとボリュームをあげる。
渚はものすごく渋い顔をして、目で「どうしても?」とうったえると、薫は満面の笑みで頷くのだった。
3.夢の序章
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am12:55
「ねぇ、渚。社会科の授業って、何か意味あるのかな。」
お弁当のミートボールを口に入れ、薫は何気なく問う。しかし、あまりに答えが見えていた質問だったので、つい渚の箸は止まる。
「いや、そりゃああるでしょう。世界がどんな風に構成されてるか学ぶんだから、むしろ社会に出てから使わないような数学やら、化学の授業よりはよっぽど意味があると思うよ?」
当たり前でしょうとつけたして、口に運びかけていたサンドイッチにかじりつく。
「でもさ、渚。そりゃぁ地理とかは良いのよ。でも、なんていうか…そう、基礎社会、あれがわけわからない…。」
「[世界はpirika(ピリカ)によって成り立たされている]ってやつ?でも、さ、それがこの社会の基本なんだから、わかるわからないじゃなくて、わからなきゃいけないんだよ。」
「そーなんだけどさー…」
空いている方の手で髪をくしゃくしゃとかきまわし、少しうなだれるような素振りを見せる。
「簡単なことはそりゃわかるよ?でも高校に入ってすっごい難しくなった気がする…。なんであんなことまで…」
「今日の授業だと…ウェザーラインの確保の方法とか?あれなら簡単だよ、100年前にあった[自然の摂理]に似せて、天気を操る。その自然の摂理っていうのも、古典地理の応用だよ。雨の降りやすいところとか、習ったでしょ?」
「それだけじゃなくて、食料供給とか、そんなのの難しい話がわけわからない…。フィールドごとに展開されたパルスがとか、もう…駄目…」
箸を置いて完全にうなだれる薫。
「なんでpirikaって在るんだろ…」
薫が、ふとそう呟いた。
「薫は理数系得意だからいいじゃない、このままだと大学も選び放題だろうし。私はむしろ理数系駄目だからなぁ…進路選択では完全なる文系組…。社会科くらいしか得意じやないし、選べる大学も限られてるし…」
「でも、就職には文系の方が有利とかきくよ〜?」
だらんと箸をもったまま背もたれにもたれかかり、気だるそうにそう薫は受け答えた。
「そう…なんだ…。それじゃぁ、もし薫が食べていけなくなったら私が食べさせてあげるよ。」
そう笑いながら冗談で言うと、薫は勢いよく元気を取り戻し、親指を立て、
「丼飯でよろしくっ」
と一言だけ言い、食べかけのお弁当の差し掛かった。
2.基礎社会構成
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