嫁が、折れました。
事故でした。
母親のごめんで目が覚めました。
何が起きてるのか理解できませんでした。
嫁が、ギターが、黒い、Gibusun Studioのレスポールが、フレットを境に、ぱっきりと。
まさか、こんなに、俺が泣き叫ぶとはと、今でも不思議な気分です。
死にたくはないけど、
泣き止んだと思ったら、
彼女との思い出が蘇って、
また泣いてしまうという。
まぁ…ものは…いずれ朽ちますので…
そういう、ことで、いいのでしょう
多分。
やっぱり、このメンバーで合わせるのは、気持ちいい。ストレスはあまりないし、大体は私の欲しい音を、持ってきてくれるし、皆もそれでほぼ、しっくりきてる。
ときどき、不十分を感じるときもあるけど、人間が違うわけだし、それも最低限だから、十分満足できる。
そう思いながら、彼女は指を動かす。ベースとドラムの音にのっかるようにして、六弦をかきならす。
「ちょっといいか?」
ベースの音が止まり、バンドは演奏を中断した。
「どうした、浅倉クン。どっか気になるとこでもあった〜?」
と、今まで気持ち良さそうに歌っていた女が問う。
「今の直前のとこさ、最後のワンフレーズにさ、ギターにちょっと違った色をつけてみないか?」
「どういうこと…?」
渚は浅倉に不思議そうな顔をする。
「多分、連続してる音のパターンに、ちょっとアレンジを加えてみて、違った感じを出そうってことだろ、浅倉クン?」
と言うと、ペットボトルのなかに入っている水に口をつけた。
「あぁ、なるほど。」
「浅倉クンは芸術家肌だから、なかなか言ってることが伝わりづらいんだよね、比喩表現よく使うし。」
「そのための、俺のスポークスマンだろう?」
顔を見合わせて、拳を付き合わす二人。
「ほんと、よくわかるよね、杉原は。私は国語力ないからさっぱり…。杉原も芸術家肌なんじゃない?」
「いやいや、そうじゃないよっ。ウチと浅倉クンは長年のお付き合いだからさっ。まぁ、腐れ縁ってやつ?」
両手を上げ、やれやれとでも言いそうなポーズを作る杉原。
「まぁとにかく、ギターに違った色をつける、だっけ?やってみるから、さっきのフレーズからいこう。」
「んじゃ、西園寺クン、スティックカウントよろしく」
西園寺と呼ばれた男は、ぐっと伸びをして、無表情でスティックカウントを刻む。
気持ち良さそうにアンサンブルを奏でる彼女らを、微笑ましそうに眺める。それだけでも、彼女は幸せだったのだ。それだけで、幸せだったのだ。薫はそっと、鞄の中のトイカメラを取り出して、気持ち良さそうに演奏する4人をフレームに収めた。
4.バンド
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pm4:30
―講堂に鳴り響く音
歪みのかかった、抜けの良い弦楽器の音。
ディレイのかかった綺麗なフレーズ。
決して速いわけではないのに、息を飲むような、その指使い―
不意にドアが開き、つい指を止めてしまうが、姿を確認すると、彼女に対してそっと微笑んだ。
「今は私しかいないよ?みんなちょっと遅れるみたい。」
彼女はすっ、とギターのボリュームのつまみを回せるところまで回す。
「それでいーのっ。私は渚のギターを聞きに来たんだから。」
そう言って、薫は近くにあった椅子に自分の鞄を置く。
「今のは?新曲?」
「うん、まだ曲ってほどでもないけど…。今のフレーズしか思い付いてないからね。」
そう言って、さっきとは打って代わり、パンキッシュなパワーコードのフレーズを弾く。
「この前の曲もよかったけど、今回のもいいね。いつもと雰囲気は違うみたいだけど…」
鞄を置いた椅子の隣のものを渚の近くまで引きずり、ちょこんとそれに座る。
「でもそんな感じも好き、だな。」
まじまじと[弾いてほしい]とでも言いたそうな顔をしてそう薫は言った。渚は嬉しそうに、やれやれとぼやき、ギターの音量を上げる。
流れる旋律。
ディレイのせいか、音の配列のせいなのか。
それとも、これが渚の心情なのか。
何かはわからないけれど、切な気な、そのフレーズは、綺麗で…。
「こんな感じ…かな?」
途中で演奏を止め、照れくさそうに頬をかくそぶりをしてみた。実際、未完成のそれを人前で弾いたのが若干恥ずかしかったのだろう。
「すごくいいんだけど…なんで途中で止めちゃったの?」
ものすごく不服そうな顔をする薫。
「ぇ、いや、あのフレーズはあそこで終わり。そうじゃないと無限ループだし…」
「嘘、続き、あるでしょ?」
「う…」
続きは、ないことはなかった。
「でも、頭の中でしかないし…絶対途中でミスるし…やりすぎたらそのまま勢いで弾いちゃいそうだし…」
ははっと笑って、渋い顔をしつつ、ギターのボリュームを下げる。
「だーめっ、今ある最後まで。」
薫はギターに手を伸ばし、すっとボリュームをあげる。
渚はものすごく渋い顔をして、目で「どうしても?」とうったえると、薫は満面の笑みで頷くのだった。
3.夢の序章
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