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透明の形1

言ってしまうと、ふわふわと浮いているようだった。
綿菓子のようかと言うと、それほどまでに味を感じさせることも出来ないし、雲のようかと言うと、少年少女の想像をかきたたせることもできない。

わたし自身は、一体どう形容することが出来るのだろう。

趣味嗜好も周りと合わせて、ただ当たり障りなく今日を生きる。必要とあれば興味の無い悪口にも参加して、じーっと時間が過ぎるのを待つ。こうやって、永遠に変わらずに一生を終えることだって想像に難くはない。雑踏に紛れると途端に見失ってしまうような顔立ちと、黒くて長い髪がそれを助長しているようだ。
いつの間にか、自分の形を認識することも出来なくなっていった。それはまるで、見えない何かに思考を奪われるようで、一度、ふと気づいてしまうと、耐え難い虚無感と焦燥に駆られてしまう。たかだか十数年の人生ではあるが、わたしの人生とは一体何なのだろうと思うこともしばしばである。

窓際の後方三番目の席。
今のわたしの一つのアイデンティティである。そのアイデンティティを駆使して、嫌いな古典の授業の間は、わたしはわたしと会話をする。

さて、本題に戻ろう。
わたしは一体どのように形容できるのだろうか。ふわふわしていて、形が曖昧なもの。色もよく分からず、透明な何かがいいなと考えるが、そんなものはわたしのデータベース上にはないと気付くと少しがっかりする。

白い息を吐くように、はぁと一息つくと、年配の教師が何やら古典文学について熱く語っているのが耳に入った。これほどまでに自分を駆り立てるものがあるのはいいなと羨ましくなるものの、彼のことをわたしは好いてはいない。理由は単純で、臭いだ。
今年の春、すこし初夏を感じさせる頃に、友達に誘われるがままに古典の質問に職員室を訪れた時、彼からひどい臭いがしたのを覚えている。
加齢臭に混じったタバコの臭い。
よくもまぁ、ここまで酷い臭いがあったものだと思ったのは一生忘れないだろう。もともとタバコの臭いがきらいなのに、そこに鼻がツンとするようなエッセンスが混じれば、嫌悪感の出来上がりである。どうやら人一倍鼻が利くわたしにとっては、それで古典が嫌いになるには十分すぎる理由だった。

タバコ。

嫌なことを思い出した。なんとなく独りごちるのに悦に入りかけている頃に、嫌なことを思い出した。今日は父親が帰ってくる日だ。年に数回しかない、父親が帰宅する日だ。たまにしか顔を合わせない彼が放つタバコの臭いも、わたしはとても嫌いだった。

でも何故だか、彼がタバコを吸う仕草は嫌いではなかった。

−嫌いな父親の吐くタバコの煙。

ゆらゆらと揺れて、透明と灰色の間を行ったり来たり、短い間繰り返してすぐに消えてしまう、タバコの煙。
苦手とはいえ、彼から生まれたのだから、これ以上の無い自分の表し方だと、チャイムの音とともに、わたしは自嘲気味に笑った。


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it's (not) enough for me

もう、いつのことだったかも忘れてしまったけども。

無根拠な自信があった、無根拠な夢があった。
それは、いつの日にか、京都大作戦とか、ロッキンとか、そういう大きいフェスに出て、会場を沸かせるようなライブをすること。

ずっとそんな妄想をしていた。
ずっとそれが叶うと思っていた。

その無根拠さが、もしかしたら自分の夢を蹂躙していたかもしれないのに。

夢には綺麗でいて欲しかった。
今思うと、だけれども。

でも僕は、ただないがしろにしていた。

夢は確かな形を描いて、ただ綺麗なままでいてくれていたはずなのに、無茶な空想を僕が描いたから、めちゃくちゃにされていた。

今もまだ、きっと僕の傍で夢は漂ってくれているのだろうけども、当時の無根拠な、自分への過信が、どうにも彼女を直視することを阻んでいるような気がする。

もういつだったか忘れてしまったけども、何事も無かったかのように、彼女は去ってしまった。
僕が夢見た青い花を持って。
その時から、僕の最低なカレンダーは止まったままでいた。



きっとあの青色では満足出来なかったんだと思った。
どうして去っていったのかが、わからなかった。
次は何にすがればいいのか、わからなかった。


夢は、僕を「最低」と罵った。

結局、僕は満たされないままだった。

わからなくなった。





それでも、もし叶うならば、
今度はきっと大事にするから、戻ってきてはくれないだろうか。
次に咲く花が、あの青色でなくてもいいから。
僕のことを無理に満足させなくてもいいから。

どうか、どうか。

今度こそ、大切にさせてくれませんか。



繰り返すことになるだろう。
また失ってしまうかもしれない。

それでも、僕はあなたが大切なんだ。

許してよ。



カレンダーを、めくらせてはくれないか。

悲しみはベッドの上で

ただ、落ちていく。所謂自由落下である。辺りは真っ暗で、自分がいることしか認識できない。上下左右の感覚はなく、落ちていくという実感だけがそこにある。元居た場所から随分と離れてしまったようだ。段々速くなる自分の体と、いつ衝突するかという恐怖だけがある。
僕は、死ぬのだろうか。

―死。

そこに恐怖はない。だとすると、僕は何を恐がっているのだろうか。





目を開けると、薄暗い中に見慣れた天井があった。汗でTシャツが張り付いているのがわかる。自分の荒れている息がやけに部屋に響く。息と心拍を落ち着け、一息吐き、体を起こして、時計を手にとる。デジタルの時計は五時ニ十二分を示していた。ちなみに気温は二十度四分。汗が冷えてきて寒い。ベッドから下り立ち上がる。少し立ち眩みがするが、それに耐えてキッチンへ向かう。食器棚からコップを取り、水道水を汲み、一口だけ飲んだ。

ここは、僕の部屋だ。一年前から住んでいる六畳一間。確かに、ここが僕の部屋だ。

放心していると、枕元に置いていた携帯が音を立てて振動し始めた。「何か」に躓かないように慎重にベッドに戻り、携帯を手にとる。どうやら如月からのメールのようだ。こんな時間に。しかも内容は一行だけ。「大丈夫ですか」と。可愛らしい絵文字も何も入ってはいない。あいつは僕の部屋に監視カメラでも仕掛けているのだろうか。一瞬探す素振りはしてみるものの、見付からないことは明白なので、携帯に目をやり、大丈夫だという旨の返信をする。
汗だくのシャツを脱ぎ、その辺に放り投げ、クローゼットから新しいものを取り出して着る。携帯をベッドに置き、自分も腰かける。このままもう一度寝ようか、はたまた、起きておこうか、微妙な時間である。しかし、いざ寝転んで目をつむると、落下の恐怖が蘇る。
目を開け、天井を眺めながら考える。あの落下は、なんだったのだろうか、と。
―あの恐怖は、なんだったのだろうか、と。
そうこう考えていると、再び携帯が振動した。慣れた手つきで片手で開ける。
「私はここにいるから大丈夫です。どこにも行きませんから」
ディスプレイにはそう表示されていた。
携帯を閉じ、元あった場所に置き直す。が、再び開けて、さっきのメールに返信をする。
「ありがとう。頼りにしてるよ」

僕は秋の夜長に、再び眠りにつく。

rain song

秋も終わる頃、冬の訪れを感じさせるような肌寒さを、今日の雨は助長していた。木の葉も落ちきっていることもあり、なんだか秋の物悲しさが際立つようだ。外の薄暗さと教室の明るさが妙なコントラストをかもしだしていて、すこし落ち着かない。何も考えることもなく、かといって思考を停止させることも容易ではない。

つまらない、と机に肘をつけながら外を眺めていた。
先生方のありがたい授業を軽く聞き流しつつ、窓の外の変な線を見つめる。地味な傘をさして歩いている誰かと、うっすらと隈が出来ている青年が見える。そんな窓に映るの自分が何やら不満を言いたげな顔をしているが、無視してその奥を見ていると不意にポケットの携帯が震えた。

「お昼、一緒に食べよう。」

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その時間を終わらせる合図と共に室内がざわつく。進学校とはいっても、この時間に対する期待感は変わらない。弁当を一つの机に持ち寄ったり、小言を言いながら食堂に向かったりと、みんなが思い思いに行動している。そんななか、浅倉はといえば持参した弁当を片手に部屋を出る。ドアを引くと、雨の日だからか廊下にも人が多い。なんらかの方法で既に昼食をとった人たちだろうか。少し気になりながらも、目的地に向かう。

階段を昇るにつれ、人の声も小さくなってきた。交代するかのように単調な雨音が響く。
踊り場には窓があり、晴れている日は明るいのだが、もちろん今日はそんなことはなく、薄暗い。
肌寒さも相増してなんだか物悲しくて落ち着かない。

最上階から屋上への階段で、「進入禁止」と書かれた簡易スロープを跨ぎ、彼女の元へ向かう。

屋上手前のスペース。
壁に彼女は寄りかかって携帯をいじっていた。

「遅いですよ、浅倉さん」

ぱたん、と携帯を閉じ、少し不満そうな顔をしてこっちを向く。

「違うな、お前が早すぎるんだよ。もしくは急かしすぎてる。ってかどんだけ待ったんだよ」
「一時間」
「授業は?」
「休み」
「自主的な?」
「ざっつらいと」
「………」

こんなやり取りにも慣れてしまったのは、喜ばしいことでは決してないだろう。はぁ、とため息をついて、彼女のすぐ隣に座る。弁当の包みを開けていると、彼女も可愛らしい包みから弁当を取り出した。

「今日は、手作りか?」
「その通りです」
「母親の?」
「もちろん」

何故か自慢げに笑い、ふたを開けて、弁当の中身を見せつけるように膝の上に置いた。

「では、いただきましょうか」

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「寒いですね、今日」
「ああ」
「雨も降ってますもんね、今日」
「そうだな」
「寒くて、薄暗くて、人の声がなく静かだと、なんだか変な雰囲気ですよね」
「確かにな」

食後、弁当を食べ終え、何もすることがなく二人して窓の外を眺めていた。沈黙が続き、雨音だけが響く。単調で、断続的な、不思議な音だ。目をつむれば、あるいは何の音かわからなくなってしまいそうで、なんとなく不安にもなりそうだ。

「ちょっと失礼しますね」

如月がそう言うと、浅倉の膝の上に座る。少し驚いたがなされるがままにしていると、如月は背中を預け、目をつむり心地良さそうにする。どこかで聞いたことのある鼻唄を歌いながら、手を握ってきた。そのまま寝てしまうのではないだろうかと思うほどの顔に、ふと愛しさが零れる。




「浅倉さん」

「ん」

「なんか良いですね」

「…そうだな」




雨は当分止みそうにない。

路地裏のバラード

しとしとと雨が降るわけでもなく、ぎらぎらと太陽が照りつけるわけでもない中途半端な曇り空だ。そんな空の下を、何をするわけでもただなんとなく歩いている自分も、またきっと中途半端なのだろうと、なんとなく自虐的になってみたりもする。
何かを気取るわけでもなく、誰かに会いたいわけでもない。原因も無ければ目的も無い。なんとも中途半端な散歩だ。
そんな半端な自分にいつも意味を与えてくれるようなやつに、一人ほど心当たりがあったが、そうタイミングも良くはないだろう。

細めの路地に入り、なんとも様になっている壁に背中を預ける。
「ー煙草が、ない」
あまりのことについ一人ごちる。
そういえば如月に、最近不健康そうだからまずは禁煙から始めろ、と、没収されたところだった。
仕方がないから、煙が出ていただろう空中を目で追い、そのまま空を見上げる。

ーどこまでも、灰色だった

二つの建物によって形をつけられた空は妙に狭く、なんだかより中途半端に見えた。
そんな空を見ていたら、頭のなかに歌が流れてきた。
あれは、自分がまだ幸せだった頃だったっけ。
好きだった歌手の、好きだったラブソング。

あのときはただただ音楽が好きで、いつか音楽で世界を救いたいなんて、本気で思ってたっけ。
なんとなく、笑みが溢れた。溢れたら、ポケットから振動が伝わってきた。

「今どこにいますか」

誰からかは、言うまでもない。
そのメールに普通に返信をしてやろうかと思ったが、やはり止めた。

「お前は?迎えに行く。」

たまにはこんなのも悪くないだろう。
それから、たまについでに今日はあいつに歌ってやろう。
昔好きだったラブソング。
中途半端な自分には借り物の歌がぴったりだ。
でも、借り物の歌でも、今日は伝えれる気がする。
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