真っ暗な夜空に真冬の星座が頭上でキラキラと輝いていた
それでも私はなんとなくうつむいて、吐く息で視界を白く染めた
「寒いねぇ」
「すっかり遅くなったからな」
隣で歩調を合わせてくれている彼は、両の手のひらを擦り合わせながら寒さで赤くなった顔をこちらに向けた
ぐるぐる巻きにした黒のマフラーで口元が見えない
「ちょっと白熱しちゃったね、先生の説明面白いから」
「こんな暗くなる前に帰るんだったなぁ、特に野田は」
「なんであたし?」
言ってる意味がよく分からなくて首を傾げると、隣の彼は目を細めて『やっぱり分かってない』と笑った
そういう台詞はよく友達に言われるから、またあたしはみんなとズレた事を言っているのかと思った
「分かってないって、何がなの?」
「怒んなって、な?
肉まん買ってやるから」
「ほんとっ?」
あたしがぱっと顔を輝かせると、彼は体を震わせ笑い出した
何で笑うの!と言っても何でもないと返すばかりで、ほら行くぞと近くにあったコンビニに入ろうとした
外からコンビニとその制服を着た店員を見た
奢ってもらう立場なのに図々しいが、肉まんなら違うコンビニのやつの方が美味しいんだけどなぁ
おにぎりは美味しいけど、そう思っておにぎりを置いている棚を見ると、見慣れた人の後ろ姿が肩から上だけ見えた
「片倉さん…?」
きっとそうだ、コンビニ内のどの人よりも背が高く、広い肩は片倉さんだ
普段政宗くんの家に家庭教師をしに行く時だけしか会わないので、こんな所で出会うなんて新鮮だ
さっきよりもウキウキとした気持ちで同級生の彼の後からコンビニに入った
いらっしゃいませと出迎えた店員の声も、前を歩く彼も追い抜いて、あたしはおにぎり売り場に向かった
「片倉さん!」
びっくりさせようと、こちらに向けている背中に両方の手のひらを押し付けた
片倉さんの背中がびくっと揺れたのが手のひらからも伝わって、ニヤニヤと笑ってから、びっくりしたのはあたしの方だった
「おま…いきなり何しやがる」
「…小十郎の知り合い?」
棚に隠れて入り口からは見えなかったが、なんと片倉さんは綺麗な女の人と一緒だったのだ
綺麗だけれど気の強そうなその女性は、声こそ穏やかそうだが、あたしを見る瞳には敵意が隠される事もなく剥き出しにされている
なんだか怖そうな人だが、綺麗な顔立ちは片倉さんとお似合いに思えた
喉の奥がきゅっと締まって何も言えないあたしの肩を、後ろから来た彼が叩いた
「急に走んなよ」
「あ、ごめん…」
「…その人誰?」
顔だけ振り返って見た同級生の彼は、あたしじゃなくて真っ直ぐ前を見ていた
彼の目はいつもみたいに優しい色をしていなくて、少し細められているように感じた
「たまに家庭教師してる子の…お父さん?」
「誰がお父さんだ!」
「可愛い女の子と知り合いなのね、小十郎」
あたしが同級生の彼に片倉さんを紹介していると、美人さんはくすっと笑った
一見優しそうに見えるが、彼女はあたしに悪意を向けている
その笑い方には年上の余裕のような物があって、私は理由もなく悔しくなった
「じゃあ、あたし肉まん奢ってもらうんで」
「それくらい自分で買え」
「俺が好きで奢るんで」
あえて自分から綺麗な女性については聞かなかった
なぜだか聞きたくなかった
はやく肉まんを買って帰ろう
「だそうです」
「…この小悪魔」
「はい?何か言いましたか?」
「何でもねぇ」
片倉さんが呟いた言葉が聞こえなくて聞き返すと、片倉さんは呆れた顔をした
その表情がなんだか悔しかった
あたしは片倉さんにとってうるさいガキでしかないんだろう
悲しくなって目を伏せ、レジに体を向けた
店員に肉まんを注文し、受け取って店を出るまで片倉さんを見る事はしなかった
あたしの知らない片倉さんを知りたくない気がしたから
同級生の彼とコンビニを出て、ようやく振り返ると、片倉さんはもうあたしなんて見ていなかった
片倉さんはそういう人だし、見ていなくて当たり前なのに、あたしは悲しくて、切なくて、彼に促されてやっと口にした肉まんの味もよく分からなかった
片倉さんの瞳に写っていたい
どんなに少しの間でもいいから
胸が張り裂けそうな位そう思った
あたしはようやく片倉さんに恋をしているのだと気が付いた
小十郎の亡くなった恋人との話
小十郎が大学生、恋人が高校生でくっつく前です
随分前に書きかけのままになってたのを無理矢理書き直したので何を書きたかったのか分かんない…
寒い日の肉まんって美味いよね