「――って知ってる?」
「何それ」
「苺の新種だってー」
すれ違った大学生らしい2人組が話しているのが、ふと耳に入った。傍らを歩く栄島にも聞こえたのだろう、小さく「知ってるか」と聞かれたので、雀野は「知らないな」と答えた。幽霊は黙って後ろを漂っている。しかし、
「お前にも知らないことってあるんだなー」
「何それ」
「だって、ほら、あのとき、俺紅茶の種類なんて全然知らなかったのにさ、」
と栄島が話を展開させると、幽霊は途端に身を乗り出して会話に入ってきた。
「あのときは育ちの違いを感じたなー」
「あれ、お前居たっけ?」
「お盆ではなかったよね」
「フフフ、見てましたー」
「うわっ」
“雀野”と“栄島”が知り得ない情報を“駒江”は持つことが出来ない。新種の苺の話題を彼に振れば、きっとつまらなそうに聞いたことがないと答えたはずだ。それはそうだろう。幽霊とはそういうものだ。だから。この状況は。
「ちなみに、あのときお前が美味い美味いと飲んだのは、店がそろそろ取り扱いを止めようかと検討しているくらい不人気のブレンドだったんだぜ栄島くん」
「は? 嘘だろ」
「本当だよ、な、雀野」
「うん」
「えぇぇ……」
傍目には異様に見えるかもしれないが、そもそも傍目から見えることなどない。当事者として異常な日常に身をおきながら、殺人鬼はぼんやりと、違いの分からない友人を思いやった。
#しろた夜の1本かき勝負
お題:椿苺とアールグレイ
ステンドグラスを突き破って、翠さんが降ってきた。牧師がヒィィと頭を抱える。今日の兄弟喧嘩はいつもより激しかったらしい。
「大丈夫っすか」
「ああ」
翠さんは何事もなかったかのようにコートの塵を払う。「そこに入ってろ」と言って俺を押し込んだ教会への登場とは思えなかったが、そのことについての言及はないようだ。胸ポケットから煙草を取り出して、震える牧師に振って見せた。
「邪魔するぞ」
「な、なぜこんなことに、」
牧師は目に涙を浮かべている。なぜ、と言われても、たまたまこの地域で翠さんと藍さんが行き合ったという他にさしたる理由はない。突然俺のような男が逃げ込んできたことも、見事なステンドグラスが破壊されたことも、掃除の行き届いた床に灰を落とされていることも、不幸な事故である。「残念でした」としか言いようがないと俺は思ったが、どうやら聖職者サマはその前段階に目を向けていたらしい。両手を組んで、翠さんに向き直った。
「あなたはいったい何をしたのです、懺悔なら聞きましょう」
おぉ、俺も聞けなかったことを。出来たお人だ。
「修繕費も喜んで受けとりましょう」
そして、したたかだ。翠さんはゆっくりと煙を吐き出して、灰色の流れを目で追った。それからもったいぶるような沈黙のあと、
「生憎手持ちが少なくてな」
流れるような動作で撃った。胸に一発、腹に二発。牧師が倒れ込む。
「これで足りるか」
俺に訊かれても。翠さんはガラスを踏み砕きながら扉に向かった。この教会は避難所には向かなかったということなんだろう。相変わらずの運の無さだ。
「懺悔はいいんすか」
「いらん」
呪われているのなら許しを乞うのもひとつの手かと思ったのだが。開け放たれた扉の先には、白い空と強い風。足早に歩く翠さんに遅れをとらないようにするのに気を取られて、俺には分からなかったのだが、
「悔いもなし、許しもいらん、と。まったく何をしたんだ、お義兄さん」
柱の陰から現れたイリスは笑い混じりに呟いて、牧師を軽く蹴り付けた。
#しろた夜の1本かき勝負
お題:カソックは血に濡れた
力尽きたやつ。