「七夕の伝説ってのはなんだ。織姫と彦星は何をした?」
仕事から帰ったばかりの翠さんが、俺の顔を見るなりそう言った。今日は7月7日。どこかで話題のひとつでも耳にしたのだろうか、知らないのならば気になるに違いないと遠い記憶を辿って説明すると、
「なるほどな」
何を納得したのか、翠さんはため息がちに頷いた。そして一瞬煙草を探す仕草をして、すぐにもうそこには箱がないことを思い出したのか、所在なさげに指を組む。
「七夕がどうかしたんすか」
「いや、……何が原因だろうと、会えなくなったら会いに行く、そのための手段は選ばない、天帝を操り川を枯らし不可能とあらば1年もかけずに橋を造る。そして自分の目的のために何本の人柱が必要になったとしても、その橋の上をスキップしながら進む。
――そういうヤツを、さっき見掛けて絡まれた」
「それは、お疲れさまでしたね、」
そうとしか答えようがない。
「早いところ星になってくれれば有り難いんだがな」
な、の音が消えるより早く、翠さんの顔が引きつった。肩に置かれた手にやる視線には欠片の熱もない。
「柱の一本も愛せないほど、私の心は狭くありませんよ」
背後に立たれた翠さんと、翠さんに向かい合っていた俺とで、同時にその存在に気付くというのもおかしな話だが。相手が相手だったから話は別だ。
「なんてね。竹を切ってきました、流しそうめんにしましょう」
ひどく一途で心も広いらしい死神は、今日も楽しそうに笑っていた。
――イヤでも視界に入るその立派な竹、まさかずっと引き摺ってきたんすか……。
◇
竹を華麗な一閃で捌いたのは帰ってきたシオンで、予想外のノリのよさで組み立ての指示出しを担ったのは人形師だが。実際に竹を組み立てたのも大量のそうめんを茹でたのも俺だ。
「いきますよー」
そしていまそうめんを流しているのも俺だ。
「シオンさん上手ですね」
俺も一度くらいは麺を掬う側に回りたい。お星サマに願うには、あまりにも小さな願いなのではないだろうか。
・・・・・
『七夕な悪夢さんたち』、というリクエストを頂いて流しそうめんを書きたいと思ったんだけど、な、
お粗末さまでした!