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ネタ:優勝前奇譚(ゆうはん(仮))


 放課後、帰路。俺はあまりの寒さから逃げるようにコンビニに立ち寄って、雑誌を立ち読みしながら外の様子をうかがっていたストーカーに声をかけた。

「雀野ならしばらく来ないぞ」
「えっ、なんで。今日は五時限で当番もないだろ?」

なんで知ってるんだ。
俺は雑誌を手にとってレジに進んだ。ストーカーもとい駒江も後ろについてくる。俺を待っていました、という体を装うためだろう。

「もうすぐ合唱コンクールなんだよ」
「来週末だよな」

なんで知ってるんだ。

「何、まさか雀野、意識高い系お多感女子に囲まれて居残り練習でもさせられてんの?」
「だったら俺も残されてる。……あいつ伴奏者なんだよ。意識高い系お多感女子の練習に付き合ってやってんの」
「は? 伴奏? 雀野、ピアノ弾けんの?!」
「昔から得意」

なんだそれ完璧か出来すぎだろう! と駒江は叫んだ。分からないでもないが、往来で目立つような真似はしないでほしい。

「うわー、何歌うのお前ら」
「『樹氷の街』」
「聞いたことねぇわ」
「寒い歌だよ」

駒江に俺の言葉は聞こえないようで、「いいなぁ聞きてぇなぁ雀野のピアノ。聞かせてくれねぇかなぁ、ダメだろうなぁ、家に押し掛けたら怒られるしなぁ」などと呟いている。

「フツーに頼めばいいじゃねぇか」
「それもそうだな。ケータイ貸して」
「……自分のは」
「着拒されてる」

絶対に貸すものかと思ったが、思ったときにはすでに俺のケータイは駒江の手の中にあった。よどみない手つきでロックを外し、よどみない手つきで雀野の番号を押す。正直少し怖かった。

「もしもし! 俺俺! 俺だけどー……切られた」
「おいふざけんな俺まで着信拒否されんだろ」
「まあまあ」

二度目は会話が成り立ったらしい。駒江は嬉しそうにしながらさりげなく俺から離れた。おい、俺のケータイだぞ。やりとりが聞き取れない絶妙な距離を保たれて待つことしばし。通話を終えて満足げな駒江からケータイを奪還した。

「雀野はなんだって?」
「合唱コンでクラス優勝したら聞かせてくれるって」
「は?」
「頑張ってくれよ栄島くん。俺も頑張るからさ!」

同じクラスの俺はともかく、他校のお前までいったい何を頑張るっていうんだ。そう訊く前に駒江は、「じゃあな!」と走り去ってしまった。ぞくりと背筋が震えたのは寒さのせいに違いない。俺は身を縮ませながら足早に帰路に戻った。

 翌日、隣のクラスの伴奏者が事故に遭ったと、担任が朝礼で告げたとき、俺は思わず雀野の顔を見た。雀野は表情を変えずに窓の外を眺めていた。まさかだよな。偶然だよな。まさかいくら駒江だって。駒江が死んだいまとなっては、真相を確かめることは出来ない。いや、雀野なら知っているかもしれないが、答えてはくれないだろう。あの年の合唱コンクールに俺たちのクラスは優勝して、雀野は最優秀伴奏者賞なんていう舌を噛みそうな名目の賞まで獲った。受賞のときの雀野の顔は忘れてしまったのに、優勝の知らせを聞いたときの駒江の満足げな笑顔は、いまでも妙に記憶に残っている。





#しろた夜の1本かき勝負
お題:優勝前奇譚

ネタ:眠らないモーニング(x25)


 狙撃は嫌いではない。
 ほとんどが待つ時間だから、その分思考の訓練ができる。周囲の状況把握を怠らないようにしながら、翠は頭の中にひとつの箱を作った。

 無地の箱だ。ラベルはあとで付けよう。先に中身を入れる必要がある。記憶でも、想像でもいい。具体的にイメージできるものであればいい。例えば出発前の会話とか。
「年越しにかけての仕事ですか、大変っすね」
「ああ」
「おせち、残しておくんで」
 菜箸を片手に見送りに来た彼の正月料理は、年を追うごとに本格化する。何を目指しているのだろう。楽しみにしたいところだが、期待は出来ない。出汁の匂いの漂う台所からシオンが顔を覗かせた。
「栗は全部粉々にすればいいの?」
「お願いします待ってください」
完成品のほとんどは手伝いをしているつもりのシオンの口に消えるに違いない。まあ、それならそれで構わない。翠は黙って愛車に跨がった。

 音、匂い、気温、気配まで再生できたら、次の箱に移る。次の箱の中身を考えている間も、最初の箱のイメージは消さない。当然、周囲への注意も怠らない。眼下の道を何人が通り過ぎ、どんな人物がどんな服装をしていたか、捉えて記憶に留めている。

 三つ目、四つ目。五つ目の箱は黒かった。すでに中身が入っている。四つ目のイメージに感化された、弟の記憶だった。これは開けない方がいい。

 そう判断してからさらに、箱の数が二桁に達したところで、地平線に光が差した。さっと光ればあとは早い。
 夜明けだ。朝が来る。
 年が明ける。
 翠はすべての箱に蓋をした。これは能力を使いこなすための思考訓練だが、いまは必要ない。必要な瞬間など来なければいいと翠は思うが、そうもいかないであろうことは分かっている。忙しくなる。

 特段祈りを込めることもなく、翠は引き金を引いた。



#しろた夜の1本かき勝負
お題:眠らないモーニング

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