++++
「こ…、れは、」
ムラクモくんの声が上擦った。
私が師匠と共にティガレックス亜種に挑んだのは前の話。
討伐には成功したものの、私はドジを踏んでかつてないほどの大怪我を負った。
しばらくの間はギルドの治療室に閉じ込められて人と会うことも許されず、見舞いを許された時点でも顔や体は包帯まみれだった。
そうなってから師匠や妹弟子などのハンター仲間が見舞いに来てくれて、ムラクモくんは毎日私のところへ心配そうに足を運んでいる。彼は若いから、親しいハンターの大怪我にまだ慣れていないのだろう。
私が日に日に元気を取り戻し包帯が外れていくにつれ、安心した顔を見せるようになっていった。
そして今日やっと、最後まで残っていた顔の包帯が取れた。
「目玉はさほど傷ついてないから、見えなくはないんだよ」
けど、少し見辛いかな。
ムラクモくんは何も言わない。
私の顔を見たまま、よく分からない顔をしている。
私の顔には、左目を縦に裂くような十字傷が残った。
塞がったばかりでまだ生々しいそれは、ティガレックス亜種の爪に切られ倒れたところに噛みつかれ出来たものだ。
この傷は受けた傷の中でも最も深く、無理に縫えば視力を失うと、傷は残るとドクターは言った。
「安静にしてれば視力もじき戻るって言われたしね、調子悪い日が出るのは仕方ないらしいけど…竜王の隻眼があればカバーできるから」
竜王の隻眼は最近作れるようになったばかりの眼帯の事だ。あれがあれば、常にモンスターの位置を把握することができる。
傷が治ればすぐにハンターとして復帰できる。私からすれば何も心配することは、ない。
「…でも、」
「むしろ今まで顔に怪我ひとつ残らなかったのがおかしいんだって。胴体とか酷いよ? 奥さんの火傷とかお嬢さんの歯形とか」
私の顔に傷が残ったことを言いたいんだとすぐにわかった。言わせるものか、私はハンターだ。
「かっちょいいっしょ?」
笑顔を作ると傷が引き攣れて痛かった。
「…」
ムラクモくんはまた言葉に詰まる。こんなに思い詰めた顔は久しく見ていないので、少し怖い。
「すぐに戻るから」
待っていなさい。
少し強く言うと彼の背筋が伸びた。
どういう訳か私を行き過ぎなくらい尊敬してくれる彼は、この声に弱い。
「…はい」
言わされている。
そんなことは私にも彼にもわかっている。
それでいい。
「A/Zさん」
「ん?」
「今度は上位で、一緒に狩りいきましょう」
強い、目。前に私が気圧された、あの濁りのない紫の瞳だ。
下位ハンターの彼が、私が復帰するまでに上位に行くと、そう言ったのだ。
「…言ったな?」
私が挑発するように指差すと、ムラクモくんはぎこちなく笑って私の頭を撫でた。
年下の癖にとか後輩の癖にとか、色々言いたいことはあるがいい。今は好きにさせてやる。
約束を守れなかったらカチ上げて吹っ飛ばしてやろう。
そう心に決めて、私は笑った。傷は変わらず痛むが、不思議と嫌ではなかった。
++++
宣誓
こうしてA/Zの左目に傷ができました