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彼に出会ったのは、6年ほど前の冬の夜だった。
母とのちょっとした口喧嘩で家を飛び出して、行き場のなかった私を彼が見つけてくれたのがはじまり。その日は誰もいない公園でポツポツと話をした。
私服だったとはいえ私はまだ高校生だったからあまり遅くなるといけないと諭されて、私はすぐ家へ帰った。
それから私たちは時々会うようになった。
奥さんとお子さんがいることは程なくしてわかったけれど、会うのをやめる程でもないと思っていた。
何せ肉体関係などないし、週に一度ほど数時間談話するだけで浮気だという認識は私にも彼にもなかったから。
少しだけ、気は引けたけれど――それでも、彼と話す時間は好きだった。
お金をもらったこともない。
会う店によっては奢ってもらってしまったけれど、できる限りは自分で支払いをした。私はどうにか《友人》という関係に近づきたかったのだと思う。
そうやって会っては色々なことを話した。私の家族のこと、学校のこと、彼の家族のこと、仕事のこと。
私が奥さんの若い頃に瓜二つだというのは、薄々わかってはいた。
彼の私への評価はいつも、高校の同級生だという奥さんの話に繋がった。
彼は私に夢を見ていたんだと思う。
奥さんと結婚する前の、子供のような恋愛の思い出を。清純な気持ちを私との時間に見いだした。
私はそれが不思議と嫌じゃなかった。彼の話から推測できる奥さんの態度に似ようとさえした。
私は彼に夢を見せたかったんだと思う。
私たちの夢は、私たちの夢を知らない人と共にあった。
だから3年前、奥さんが亡くなったと、もう会えないと聞いたとき、私は泣いた。顔も知らない、私たちの夢が弾けて消えたのが悲しかったし、何より彼がもうその夢に蓋をしたことがわかって寂しかった。
それ以来彼には会っていない。
彼が夢を見ることは亡くなったのだから。
そこまで話し終えて、目の前の青年を見る。
青年は瞬きもそこそこに私を見据えたまま、恐る恐るといったように口を開く。
「父の手帳に、公園の住所が書かれていました」
何の気なしに訪ねた、彼と最初に話した公園に立っていたのは、彼によく似た青年だった。
私はすぐに彼が誰だかわかり、同時に予感した。それはすぐに的中した。
彼が亡くなったのだという。誰にも病を告げず、突然に倒れ間もなく眠りに就いたそうだ。
「そこに行ったところでどうなる訳でもないと思っていたんですけれど、あなたの顔を見た時、全てわかりました。あまりにも母に似ているものだから」
葬儀はもう終わったらしい。喪主は青年でなく彼の兄で、多くの人が参列したのだと。
当然だ。彼は慕われる人間だ。
「線香を上げて下さいませんか。僕はあなたの話を聞きたい」
あなたの夢も、もう終わらせて下さい。
彼は私に夢を見ていたんだと思う。
私は彼に夢を見せたかったんだと思う。
私たちの夢は、私たちの夢を知らない人と共にあった。
それを望むものは、もういない。