タイトルをつけるなら
【マリオネット】
いつだったか、誰かがこう言った。
「この街は空に溺れているの。」
きらびやかなネオンの下に住む娼婦のフランス女だったかもしれないし、ローラースケートでストロベリーサンデーを持って来る喫茶店のアメリカ女だったかもしれない。
もしかしたら、顔も知らない母親という人種なのかもしれないが、どういうわけか、頭を過るのは女の顔ばかりだ。
見上げる空はいつだったか観た、高いブロック塀に囲まれた芝生の庭に、小さなオアシスを作って遊んでいた水着の子供が大きな目玉で見つめていた、まるで三流のテレビドラマに映っていたような狭さ。陳腐なかがやき。
灰色の空から黒いコンクリートが生えている。ああ、今日はお天道様のご機嫌が悪い。
「もしくは、我らが父の腹具合でも悪いのかな」
そうでなきゃこんなことは起こらない。
天と地がひっくり返ったか、まるでハンバーガーの具にされた気分だと笑う。
「そうだろう、ブラザー?」
マグナムの細くてスマートなバレルで額を突いた。
苦悶の表情に歪む髭面は、今日まで自分を飼っていた男。
そう、“今日まで”だ。
明日からはそうじゃない。
「あんたのお影で四ヶ月と二日、いいもんが食えた。…いや待て、三ヶ月と十二日だったかな?まぁいいや」
今更きこえはしないかと笑って、似合わない真ん丸な飾りを額につけた男を眺めた。
ちっちゃな子供が好んで食べる、ゼリービーンズの真っ赤なやつに似ている。
もしくは甘く甘く漬け込まれた真っ赤なチェリー。どちらにしろ似合わない。
だがどうだろう。きんいろの髪に白い肌、そこへついた真っ赤なチェリーが、すりおろした林檎と潰したトマトみたいな中身に溺れている様は、アパートの左隣に住むベティが作ったなんだかよくわからないケーキに見えた。下手くそなうえに味も悪い。おまけに臭いも悪いときた。
このチェリーを飾ったケーキは機械油に似た臭いがする。
「まぁでもまさか、あんたも手を出していたとはね」
腰を折って、男の懐を漁る。
血にまみれた手を突っ込んだジャケットの左胸、内ポケット。
指先に触れたビニールを引っ張り出す。
僅かに破けた袋の角から、ぱらぱらと白い粉が男の胸の上にこぼれ落ちた。
眼前に持ち上げて、目を細める。
「AKUMA…フン、悪魔ね。もっと気の利いた名前をつけてやるべきだ」
「是非ききたい、どんな名前だ?」
背後から投げられた声、反射的に振り向けば細い影が視界を掠めた。
浴びたような血にまみれたスーツのジャケット、白いシャツ、その上に散る真っ直ぐな黒い髪。
不自然なくらいに白く見える顔は、きっと空の色に合わせたからではないだろう。
ついと視線を落とせば、右手に美しい刃。腹の辺りに大きな赤い染み。
もう生き残れない染みの大きさだ。
「こんな所でなにしてやがる。ここのファミリーの者じゃねェな、売人か」
「あんたこそ。そんな派手なシャツ着て来る場所が違ってるぜ。パーティーか病院に行きな」
「ジャンキーが薬に目が眩んだってわけか?テメェのボスの脳ミソに一発ズドンなんざ相当キテる」
「確かに、俺がファミリーの一員だったらな。壊滅させたのはあんたか、そうだろ」
抜き身の刃が赤く光った。まるでイエスと言ったかのよう。
「薬が欲しいなら別のをやる。宇宙までぶっ飛ぶようなやつをな。代わりにそれを渡してもらおうか。お前には関係のない代物だ」
「“それ”?あぁ、これね」
顔の横でビニールを振る。ぱらぱらとこぼれ落ちる白い粉。
「もしかしてあんたがジャンキー?こいつに売った売人か?そんなナリして奪いに来たってわけ?相当な入れ込みようだな。いや待て、あんたの顔に見覚えがある。どうしてだろうな?」
「下手くそなナンパはお断りだ。売ったわけでもファミリーの人間でもねェ。そんな人間が組織の頭を撃つなんざ、酔狂が過ぎるぜ」
「こっちにも事情があるんだ。悪いが他を…」
細い体がふらりと傾いたのはその時だった。
長い髪の軌跡を残して、なんの抵抗もなくオイル臭い赤色のコンクリートに顔面から倒れ込む。
ケーキになった男と同じ地に伏したきり、動かなくなった。
カラン、カラン。放り出された刃がコンクリートを叩く。
「…ヘイ、ヘイヘイ、また唐突だな」
溜め息をこぼして肩を竦める。ビニールをポケットに突っ込んだ。
一歩、二歩、距離を詰め、ブーツの爪先で頭を小突く。
ぴくりと、半拍おくれて指先が反応を返した。
「…まったく、参ったね」
いつだったか誰かが、こう言った。
「この街は空に溺れているの。」
見上げた空はただ灰色で、コンクリートは黒い闇に沈んでいる。
まるでそのまま飲み込まれるような影に近い黒だった。
俺には世界に溺れているように見えるんだと、返したのは誰だったか。
みたいなノリで。
まだちょっと足りない気がするけど、しょっぱなはこんなんでいかがでしょうかー。すげぇ楽しいぜチクショー。
野良犬みたいだったアレンくん、それを拾って育てた挙げ句に失踪中のクロス、ちょっとサディストな神田さん、実は警察かなんかの潜入捜査員とかだったらいいラビ、いいにおいのするリナリー、いろんな意味で狂気的なマッドサイエンティストでマッドドクターなコムイ。
そんでもって雇われ用心棒な髭。得物はM19コンバットマグナム。なんて古くて渋いリボルバー。今おもえば次元のじゃじゃ馬もマグナムだったな。
本編更新しろー!と怒られそうですが、なんだか楽しくなってきた。
パロディとか番外編って、ちょっとだけ頭を柔軟にする気がする。
っていうのを昨日のうちに載せるつもりでいた鴉さんでした。
おはようございまーす(笑)