まぁ躁状態で良かったなと思うのは、この数ヶ月がむしゃらに仕事してたから上手くいくことがいくつかあって、生徒達とも関係が良好になってて。仕事がこの10年で一番楽しいかもしれない。
最近は若手の人達に相談されることも増えてきて、(これは鬱期の時だけど)前の職場の先生に、「あなた頼もしくなったよ。全然違う。成長したね。」って言われたんだよね。あ、私ってこの1年でやっぱ変わったのか?と思う。
今の学校は7年いるので、もう来年度は異動をお願いしてて、その話で進んでるから、吹っ切れたのもあるのかも。今年一年で勝負だ、と。

なんかね、若い時は何かあった時や、何がなくても未然防止のために「説教をすること」それ自体が目的になってて、自分の中で答えが出てないことを伝えてるから言葉も上滑りだった。生徒の反応ももちろん良くない。先輩からも「(生徒の中で)落ちてないな」って指摘されてたんだよね。それでも慕ってくれる子はいたけど、そういう子は本当にその子自身が人間ができてたってだけ。私がすごかったわけではない。

今は本気で「そんな言動をする人間になってほしくない」「こんな教室(いわば労働)環境を作る人間になってほしくない」って気持ちで暑苦しく説教したり、体当たりしてるからか、たぶんいろんな生徒に嫌われてるけど、一切ストレスたまらなくなってさ。
自分で誤魔化してるな、媚びてるな、逃げてるな、ってことがないし、ぶれてないなって思えるから、自己肯定感が下がらないんだよね。

教員なんて、後からああこんなこと言ってるババアいたな、そういうことだったのかな、って思ってくれる人が一人でもいりゃ儲けもんだよ、と開き直れたから。
私は発達障害がある子も、真面目な子も、やんちゃな子も、まだ何かを見つけてなくてくすぶってる子も、普段喋らないけど実は話すと楽しい子も、いろんな子がいじめや仲間はずれに合うことなく学校で勉強できる環境を作りたいから、とことん嫌われてもいいことにした。
覚悟が決まってきたのかな。それは、躁の時も鬱の時も一緒。