生存確認
 モズ氷(dcst)
 2021/2/17 03:31

肉の焼ける匂いは嫌いじゃない。年頃の女としては控えるべきと言う者もいるだろうが、自分自身はそこまで気にしていない。寧ろ鍛えた分だけ筋肉に変換すべく、蛋白質は多く取りたいと考えている。
が。その匂い、その料理に、こんな場所で相対するのは流石にごめんだ。

「突っ立ってないでおいで。おいしいよ」
「馬鹿なんですか?」

取り繕う事も出来ずに溢れた言葉は、火の点いたアルコールランプの上に設置された網で焼かれる肉達が立てる、じゅうじゅうという音に掻き消された。調理室から拝借して来たのだろうトングでそれらをひっくり返しながら、煙の中で男がわらう。
廊下に煙が漏れてしまうから。戸を閉めた理由は、それだけだ。

「一応訊きますけど、何をしているんですか」
「焼き肉」
「………無駄な時間でした」

どうせ調理室に行ったのならそのままそこでやればいいものを、何故わざわざ理科室で焼き肉を。実験用の机の上には、タレが注がれた小皿に、箸置き、ごはんの盛られた茶碗まである。…二人分。誰と誰の分だとは訊くだけ無駄だった。
ビーカーに注がれた麦茶らしき液体を差し出され、無言で受け取る。酒を飲んでいないだけましかと思ってしまうくらいには、私も毒されているらしい。この、非常識極まりない脳溶け教師に。

「塩ダレあるでしょうね」
「ないよ。作る?」
「…ビーカーとフラスコでですか…」
「弘法は筆を選ばないからね」

どう見てもまずそうな調理器具なのに、肉そのものはかなり良いものらしく、そのギャップが何とも惜しい。酷使した肉体に染み入る蛋白質を感じながら、ビーカー産塩ダレの味を噛み締めた。

「…おいしい、です」
「部活お疲れ様、氷月」

c o m m e n t (0)



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