質問の正しい答え方 (エイラーニャ)

教えてEMT!U(エイラーニャ)

まえがき

以前書いた「教えてEMT!」の続編(?)です。



「はぁ・・・」
 自室の窓からアドリア海を眺めていた少女は、本日何度目かも分からない溜息を零した。
 まるで彫刻のような端正な顔立ちに、陽光に輝く白い肌、春の空を思わせる空色の軍服を纏った少女の名は、エイラ・イルマタル・ユーティライネン。階級は中尉。

 エイラは悩んでいた。それは今日だけでなく、ここ何日か、ずーっと悩んでいることだ。
「・・・サーニャ」
 溜息交じりの、それはそれは小さな声でエイラは悩みの原因を呟いた。そしてまた海を眺める。
 その姿は、さながら海に恋でもしているかのようだ。
「ん・・エ、イラ・・?」
 名前を呼ばれて部屋の中へと振り返る。
「起こしちゃったナ。ごめん、サーニャ。」
「ううん・・・大丈夫よ、エイラ」
 サーニャと呼ばれた少女は、部屋の隅にある二段ベットの下の段で、もぞもぞと身動ぎして身体を起こす。目を擦りながらエイラの方に顔を向けたサーニャは、窓から差し込む朝日の強さに目を細めた。

 サーニャ・V・リトビャク中尉。ナイトウィッチの彼女は明るい時間が苦手だ。
 
 サーニャは昨夜の哨戒任務中にネウロイと遭遇、エイラ達昼間組も緊急出動した。出現したネウロイは中型クラス2体に小型機が4体。サーニャのフリーガーハマーは装填弾数9発、一撃の火力は大きくも、小回りの効く小型のネウロイ相手には相性が悪い。

 ネウロイの反応を捉えた時点で、基地へ報告を済ませてある。
「すぐにみんなが向かうわ。サーニャさんはなるべく単機での戦闘は避けて、ネウロイの動きを報告するように。もしも戦闘になった場合には無理はせずに深追いはしないこと。いいわね?」
 そう言って通信を閉じたミーナの命令に従って、雲に隠れながら広域探査能力でネウロイの様子を伺っていた。
 しかし幸か不幸か、基地よりそれほど遠くは無い場所での遭遇であった事、最終防衛ラインを前に、サーニャはネウロイへの単機攻撃を決心する。

 サーニャは目を閉じた。両側頭部にある緋色の魔導針が輝きを増す。
 
 みんなもストライカーでこの空へと向かってきている。そう確信すると、サーニャは目を開き、フリーガーハマーの安全装置を親指の爪で跳ね上げた。

 雲の中からネウロイの集団の左側後方に飛び出す。1発目で中型クラスの左翼部分と見られる場所をもぎ取った。直ぐに2発目を放ったが小型機1体がロケット弾の前に飛び出して自爆防御。その爆風を避けつつ、ストライカーに魔力を込めて、急上昇をかけた。そのあとをすぐさま、3体の小型機が螺旋状に回転しながら追ってくる。
 いつもとなりに居る彼女はこうゆうパターンで、急降下しながらすれ違いざまに敵を撃ち落としていく戦法が得意だったが、あれは彼女の固有魔法である未来予知の能力と、卓越した飛行センスがそれを可能にしていた。誰でもできることではないし、できたとしてもすれ違いざまにロケット弾を打ち込んだら爆風でこちらも巻き込まれてしまう。
 サーニャはフリーガーハマーを肩に担ぎなおすと、上昇から急降下の体勢へと移る。一瞬の停滞時間、シールドを展開すると同時に、小型機から一斉に赤い閃光が放たれた。2発目までのビームをシールドで受けて、3発目は急降下をしながら軌道をひねってかわした。そのまま落ちるに任せて、小型機3体の間をすり抜ける。中型ネウロイは2体とも街に向かって前進している。その上方から、先ほど左翼を奪ったネウロイ目掛けて2発連射した。丁度、鯨のような形をしたネウロイの頭部分に命中。むき出しになった真紅のコアに2発目が着弾した。ガラスの破片のようなネウロイの欠片が白く発光しながら漆黒の海に降り注ぐ。サーニャはその光の向こうを悠然と沿岸へ向けて前進し続ける残り1体のネウロイを確認した。、サーニャの固有魔法は、頭上から3体の小型機が迫り来る反応を捕らえている。ハマーの残弾は5発。小型機3体を相手するには分が悪いが、なんとかやり過ごしつつ、中型ネウロイにロケット砲を打ち込みたい___。

 サーニャが孤軍奮闘する間、基地の滑走路から出撃した隊員達は、海とも空とも区別の付かない暗闇にロケット弾の爆発による発光を肉眼で確認した。
「やはりすでに戦闘を始めているようだな。」
 そう呟いたのは、使い魔であるジャーマンポインターの尻尾を靡かせ、編隊の先頭を飛ぶバルクホルン大尉。
 ドドンッとハマーの発射音が空気を震わせ、続いてゴゴォンッと重い着弾音。その発射音に向けてだろう、ネウロイの赤いビームが放たれ交差する。
「どうやら、サーニャは雲の中だなっ」
 赤いジャケットに豊満な身体を詰め込んだシャーリーが、前方の大きな雲に目を凝らしながらインカムに叫ぶ。ネウロイのビームはその雲の中に向かって集中していた。
「うじゅっ!ねー、ねー!あれっ」
 編隊の後方を飛んでいるルッキーニ少尉が、指をさす。サーニャが居るであろう雲の横っ腹から、中型のネウロイがずんぐりとした姿を現した。
「アレを止めるぞ!ハルトマン!それから、リーネと宮藤は私と一緒に来いっ」
 インカムにバルクホルンの声が響く。
「残りの者は、そのままサーニャと合流!」
 言い残し、ひたすら前進を続ける中型ネウロイに向かって急旋回。編隊を離れたバルクホルンの後に続いて、ハルトマン、リーネ、そして宮藤も続いた。
「分厚い雲ですわね。」
 そう呟いたペリーヌの固有魔法は雷撃。こういった天気の良くない時こそ、本来の力が発揮できる場面ではあるが、敵機どころか味方の位置さえ雲に隠れて分からない状況では、安易に能力を使えない。
「どこにいるんですのっ!サーニャさんっ」
 インカムに向かって呼びかけてみる、がサーニャの応答は無い。
「こっちダ!」
 エイラが叫んで雲の下に潜り込むように降下する。彼女の固有魔法である未来予知が何かを捕らえたのだ。一瞬遅れて仲間達もエイラの後を追った。
 エイラ達が雲の下側に入ったのとほぼ同時、 漆黒の機体が、彼女の固有魔法である魔導針、その翡翠色を伴い、真っ暗な雲から飛び出してきた。サーニャはなんとも良いタイミングで、絶好の場所に到着した仲間達の姿を見て少し驚いた表情を見せたが、その中にエイラの姿を認めると、雲から飛び出してきたままの速度で一直線にエイラの元へと飛んだ。
「エイラッ!」
「サーニャ!」
 どちらが先に名前を呼んだだろうか。二つの機体は急接近する、が、そのままお互いに構うことなくすれ違う。エイラはMG42を前方の雲に向かって構えていた。すぐに、サーニャが飛び出してきたところから、2機の小型ネウロイが飛び出してきた。
「サーニャになにすんダ!」
 ダダダッと、一連射。ネウロイの軌道を先読みして放った弾は先に飛んできた1機に命中。着弾の衝撃により空中で急停止した1機目に続く2機目が衝突。小型ネウロイ2機分の残骸が白い光となって海へと降り注ぐ。
 丁度、インカムから中型ネウロイを仕留めたと連絡が入ったのもその時だった。



 食堂に向かって石造りの廊下を歩く。
「・・・はぁ」
「どうかした?」
「どわっ!」
 声に振り返ると、ハルトマン中尉の顔が間近にあった。
「あ、そんな驚き方ヒドいな。サーニャに言っちゃうぞ〜」
「な、なんでサーニャが出てくるんダヨ。」
「エイラと言えばサーニャだよ?サーニャと言えばエイラじゃない。」
 知らなかったの?とでも言いたげに、怪訝な表情で宣言してくるハルトマン。
「べっ、別にわたしはサーニャのことを・・・」
 そんな目で見てナイゾ!と言おうとして、エイラははたと気付く。

『そうだ、中尉は「あの事」を知っているんだ』と。

「ちゅっ、中尉!」
「なに?」
 自分を追い越し、先に食堂に向かおうとするハルトマンを呼び止めた。
 もしかすると、わたしはこの時、結構必死な顔をしていたんじゃないカ?と後で思う。
「ちょっと、相談に乗ってくれナイカ?」
「相談?」
 振り返ったハルトマンはキョトンとしてエイラを見つめた。
 ハルトマンは考える、果たしてこれまでエイラがわたしに相談など持ち掛けた事があっただろうか。

 廊下の窓から朝より大分柔らかくなった陽光が、目の前の少女を照らしている。自分より6センチも背が高い分、長い肢体。白磁の肌には青空色の軍服も良く似合う。背に流されたストレートの銀髪も艶やかで、普段の飄々とした態度に隠された彼女の無垢な純真さを現しているように感じる。

 洗練された容姿。天才的な飛行センス。希少な未来予知の力。

「ダイヤのエースか。」
「なんだヨ。急に。」
「こっちの話!それより相談て何だっけ?」
「あ、それはダナ・・・」
 急にもじもじとしだしたエイラは、言い出しにくそうな顔で頭を掻く。
「あぁ、サーニャの事だよね?」
「ま、まだ何も言って無イゾ!」
 何も言わなくたって分かるとハルトマンは思った。
「でも、サーニャの事なんでしょ?」
「う、うぅ・・・そう、ダ。」
「それで、ここじゃ話せないんでしょ?」
「そ、そうだナ・・・」
 エイラはハルトマンの言うことの的中率に驚きつつ、自分はそんなに判り易いのかと、内心少し落ち込んだ。そんなエイラの心を知ってか知らずか、ハルトマンは更にエイラを追い詰める。
「じゃあ、ご飯食べたらわたしの部屋においでよ。」
「あぁ、わか・・・って!中尉達の部屋にか!?」
 エイラは以前、たまたま開いていた扉から「魔窟」と名高いハルトマンの部屋を見たことがあった。

 あの惨劇の中に自ら飛び込む奴の気が知れない!

「わ、わたしの「駄目に決まってるじゃない。サーニャが寝てるんだから。」
 自分の部屋に来てくれと言おうとしたエイラの言葉を、ハルトマンの声が軽快に横切った。
「で、でも大尉に迷惑じゃナイカ?」
 何とか「魔窟」入らなくても済む方法を模索するエイラの目の前で、小さな手が「チッチッ」と人差し指を振る。
「今日はトゥルーデは坂本少佐と視察で戻らないよ。」
「じ、じゃぁ。どこか別な場所で・・・」
「誰かに聞かれてもいいならいいけど?」
「だ、だめダ!」
「あのさ、わたしの部屋のこと気にしてるの?」
「ソソソッ、ソウユーワケジャ!」
「大丈夫!最近片付けたからばっかりだから。」
「え?そうナノカ?」
「まぁね。やるときはやるよ」
 ハルトマンは薄い胸板を「えっへん」とばかりにエイラに張って見せた。

 バルクホルン大尉に言われてようやく片付けたのだろうか?
 いや待てヨ?中尉は悪戯好きだしナ、行ってみたら実は片付けていませんでした〜。魔窟にドーン!!
ナンテコトモ・・・。

「サーニャが片付けるの手伝ってくれたんだよ。」
「サーニャが?」

 サーニャが何で中尉の部屋を掃除したんだ?

 急にぽかんとしたエイラの顔がおかしくて、ハルトマンは遠慮なく噴出した。

「サーニャの相談に乗ったからお礼にって。」
「お礼に・・・サーニャが・・・相談・・・?」

 ぶつぶつとハルトマンの言葉を繰り返したエイラは数秒の沈黙の後、カッと目を見開いた。突然正面に立っていたハルトマンとの距離を詰めると、細い両肩を両手でガシッ!!と捕まえる。
「なななんっ!」
「は?」
 ハルトマンは急に近距離に迫ったエイラの顔に驚きもせず「どうしたの?」と聞き返した。
「サササササッ!」
「ちょっと、落ち着いてよエイラ。」
「い、いつ?いつの事ナンダ?」
 やっと、まともな言葉を口にしたと思ったら、その脈略のない質問にハルトマンは眉を寄せる。
「いつって?」
 エイラは自分を落ち着かせるように、下を向いて何度か深呼吸した。
「サーニャが・・・相談しに来た日のことダ、中尉」
「ああ。うんとねー、確か2週間前だったよ?」
「2、週、間!!!」
 今の会話の何がそんなにショックであったのだろうか。
 エイラはガクッと床に左膝をついた。両手はハルトマンの肩から腕を滑り落ち、力無く、たどり着いたハルトマンの小さな両手を握った。


 え、何この状況?


 ハルトマンは、自分にかしずく様に落ち込んでいる、北欧産美少女(サーニャじゃない方)のつむじを見つめた。両脇に下ろしていた手は今や、縋る様に握られて、身動きが取れない。

『・・・・・・だめ!誰か助けて!!』

 ハルトマンは心の中で叫んだが、聞こえないので当然誰も現れない。
 
『こんな状況なのに!エイラがこんなに落ち込んでるのに!!』

 奥歯を噛み、唇を引き締める。

『笑っちゃいそう!!』

 エイラのオーバーリアクションに噴出しそうになったハルトマン。しかし、理由は分からないが目の前でひどく落ち込んでいる仲間に対して、笑うというのは人として駄目だろうと思い、腹筋にありったけの力を込める。

「中尉」

『だめっ!今話しかけないで!!』

「サーニャは、その・・・中尉に、どんな事を相談しに来たんダ?」

『無理!喋れない!!』

 エイラはじっと動かずにハルトマンの答えを待った。しかし、ハルトマンは何も答えない。答えられないと言った方が正しいだろう。エイラは相手が黙り込んでしまったのを不思議に思う。そして、ハルトマンの手が、自分の手をギュウッと握り返してきていることに気付いた。

「・・・そっか」

『なんだって!?』

「そうだナ。人に相談された内容なんて、軽々しく話せないヨナ・・・」

『話を進めちゃってる!!』

「ありがとう、中尉。」

『お礼言われちゃったっ!?』

 ハルトマンの我慢は限界に近い。顔は熱が上り、瞳は涙を湛え、噛み締めた唇は今にも血が滲みそうだった。

『もう、限界っ!!』

 ハルトマンが引き攣りそうな腹筋を開放しようとした瞬間。


 基地に警報が鳴り響いた、続く放送でネウロイの出現が知らされる。


「またか!昨夜来たばっかダゾッ!!」

 エイラは立ち上がると、身を翻してストライカーユニットがある格納庫へと走り出した。

「中尉も早ク!」

「おっけー!」
 警報のお陰で、おかしな笑いの衝動が過ぎ去ってくれたことに、ハルトマンは安堵した。

 そして、隣には先程までの情けない姿など微塵も残さない、凛々しい顔つきの「ダイヤのエース」が、並んで走っている。
「・・・・」
「なぁ、中尉。」
 結構な全力疾走中でも、息も乱さず話しかけてきた彼女の身体には、すでに使い魔の耳と尻尾が出現していた。
「なに?」
「こんな時に、なんだけどサ」
「?」
「わたしが相談したいのも2週間前の事なんダ。」
「そっか」
「サーニャの事、聞いて悪かったと思っテル。」
「そんなことは、もういいよ」
「帰ったら相談するから聞いてくれルカ?」
「・・・もちろん」
 二人同時に格納庫へ飛び込んだのに、銀髪を閃かせて彼女は一足先に空へ舞った。単に、わたしのユニットがエイラのユニットより奥に置いてあるってだけなんだけど。裸足がユニットに吸い込まれる、魔力の開放とユニットによる魔力の上昇で一瞬の高揚感。愛機BF109K-4が思ったとおりに出力を上げて、わたしを空中へと押し上げる。先に飛び立った仲間の元に向かう途中、使い魔の力で強化された視力が目の端に何かを捕らえた。
 それは基地の2階部分、おそらく自室であろう、その窓からこちらを見上げる儚げな少女の姿だった。
 こちら・・・、正しくは、よく晴れたこの青空に、溶け込みそうな軍服の彼女を見つめているのだろう。

 すぐに、視線を空へと戻し上昇を続ける。まだネウロイは視認できない。

 ハルトマンは分かっていた。さっき、エイラが相談の約束を、何故こんな敵の迫る中で取り付けたのか。
 要するに、お互いに必ず帰るという約束だ。
 ここが戦場である以上、いつ誰が、あの空から落ちてしまってもおかしくない。

 洗練された容姿。天才的な飛行センス。希少な未来予知の力。
 仲間を想う気持ち。そして、無事を祈る少女。

「苦手だなぁ、こうゆうの」

 心配されるより、する側でありたい。
 帰る約束なんて、わざわざしなくっても、わたしは必ず生きて帰る。でも___

「頑張るのは性に合わないんだよね」

 まぁ、なんにしても。今日のところは早く帰れるように努力してみよう。

 だって、エイラがわたしに相談したいんだってさ。

 そんなの、面白いことになるに決まってるじゃない!!

 了

 
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