数年前――
鼎がイーディスの仲間になってから少し経った頃。
「鼎、依頼人から報酬が入ったわよ。今回は『怪人撃破』だったからあなたに任せて正解だったわ」
イーディスは机の上に報酬が入った封筒を差し出す。中身はそこそこ厚いようだ。
「怪人に関する復讐代行は鼎に任せた方がいいようね。私は人間に対する復讐メインでやることにするわ。…あなたは本当に全身火傷負った人なの?
なんであんな荒々しい太刀筋で怪人を撃破出来るのよ…」
「私は全てを奪った怪人が憎いだけだ」
鼎はそう言うと報酬を受け取った。
それにしてもなんという執念というか…。あの身体でよく戦えるというか…相当怪人が憎いのね。
「イーディス、人間に対する復讐とは具体的にどういうことをするんだ?怪人相手とは違うのか」
「あれ…私のサイトちゃんと見てなかった?ランク表に書いてあるじゃない。
最低ランクは嫌がらせレベル・中間レベルは傷害レベル・最高ランクは殺人って感じかな。
言っておくけど怪人相手も対して変わらないわよ。『撃破』は最高ランクなんだからね」
殺人だと…。
「もしかして怖じけづいてる?今なら辞めてもいいんだよ?まだ猶予期間だからね。こっちも鼎を試してるの…わかる?
私のサイトは1つの依頼につき、エキストラの協力者を雇ってるんだ。怪人相手の場合は協力者は最小限だけどね」
この事務所内には一回り小さな部屋がある。そこにはくつろげるスペースと共に、見るからに怪しげな棚があるのを見た。
薬品棚だろうか?劇薬のような気がしたが、どこで手に入れたのだろう…。
「あなたの本気度は次の依頼で見極めるよ」
鼎は次の依頼も難なく撃破したのだが、体力の消耗が激しく協力者達に担がれる形で撤収することに。
事務所ではイーディスが協力者と共に鼎の介抱をしている。
「イーディスさん、彼女相当消耗しています。かなりキツそうでした」
「報告ありがと。鼎のやつ…火傷の影響なのかしら…?磯崎、彼女の戦闘時間だいたいでいいから覚えてる?」
磯崎はイーディスの協力者。今回限り、雇われたが協力者はリピートする人間もいる。イーディスから報酬が貰えるからだという。日雇いのバイトのようなもの。
「…だいたい15分でした。10分経ったあたりから明らかに咳き込んでたし…戦闘キツかったんじゃあ…」
磯崎はイーディスの協力者だが、たまに協力者バイトをリピートしている。
「鼎は全身火傷を負っているからね。身体にかなりの負荷がかかると見た。それで戦闘時間に限りがあるんだわ。
…鼎、限界を考えなさいよ…。憎い気持ちはわかるけどさ…」
「悪い…迷惑かけた」
同じく数年前。鼎は御堂と話をしていた。
「鼎、お前…なんでゼルフェノアに入ったんだ?そういえば動機を聞いてなかったな」
「動機?……怪人が憎くて復讐目的で入った。私の全てを奪った怪人が許せなくて…!」
鼎の声が震えている。仮面で顔は見えないが、明らかに恨んでいるような声だった。悔しいのか、拳をきつく握っている。
彼女はあの事件で両親を失い、自らも生存したが全身火傷に加えて顔は大火傷を負っている。
「復讐って…考え直せ!そんなことしても何にもならないだろ!!
負のループを生むだけだ!!…だからやめろよ…復讐だなんて……」
御堂は鼎を必死に説得しようとする。鼎はその言葉が気にくわなかったのか、いきなり御堂の胸ぐらを掴んだ。かなり強い力で。
「御堂にはわからない…。全てを失った人間の気持ちなんか…」
声がわなわなと震えている。…泣いてる?
「わかるわけないよな…目の前で怪人に手をかけられたんだぞ!!辺り一面炎の中で!!
私も変わり果てた姿になってしまった…。人前にはもう、素顔では出られなくなった。わかるか!?『ありきたりな生活』が出来なくなった苦しみがわかるか!?」
「わかんねぇよ!!わかんねぇけど…お前には復讐を辞めて欲しいんだ…。
このまま続けたら…後悔する。やり直せなくなるぞ!!
今すぐそいつと手を切れ!そいつの運営する復讐サイトに関わるな!!」
鼎と御堂は修羅場になっていた。互いの思想が食い違い、激しい言い合いとなった。
殺伐とした言い合いから少し時間が経った。鼎と御堂は互いに疲れている。
鼎は御堂の胸ぐらをようやく離した。
「鼎…お前…力、強いんだな…。びっくりしたよ」
「…何が…言いたい…」
鼎は息を切らしていた。
「お前が本音を俺にぶちまけるなんて初めてじゃないか?ようやく本音を話したな」
「私は…ただ……聞いて欲しくて…」
「それにしても話が重いぞ。復讐目的で入隊だなんて。これは室長に報告するからな。処分がどうなるかは室長次第だろうよ。
とにかく、そいつとは手を切れってんだ…。復讐は怪人だけに行っていたのか?」
「…あぁ」
御堂は思った。怪人だけなら処分は軽くなるかもしれない。これでもし、人間も対象だったら鼎はここにはいられなくなる。
それから数日後――
司令室では宇崎と御堂が話をしてる。
「和希。鼎には自宅謹慎2週間を言い渡したからな。
俺もなんか初めの頃から引っ掛かっていたんだよ。鼎の挙動というかさ…よく見抜いたよな…お前…」
「なんとなく動機を聞いたらそう答えたんだよ、あいつ…」
「とにかく鼎を復讐の塊になるのを阻止したのは偉いぞ。和希、鼎とコミュニケーション…取れてるか?先輩でしょう?」
「難しいよ。相手は常に仮面で顔が隠れてるし…あいつは不器用なんだ。でも時々、表情があるように見える時があるんだよ。不思議だよな。相手は仮面の女なのに。
しかし、復讐サイトの管理人は一体何者なんだ?鼎を引き入れたやつは」
「これがなかなか見つからなくてね。相手は足がつかないようにしている可能性がめちゃくちゃ高い」
「………マジかよ…」
現在。御堂が救護所へやってきた。
「鼎、話は聞いた。イーディスの件はお前が決めるとして…無理してない?」
「無理…してるかも」
「まだ本調子じゃないのかもな。それか例の悪夢のせいか?
ま、とにかく寝てろ。まだ時間はあるんだ。梓も言ってただろ。時間はまだあるんだ、自分を追い詰めるな…」
都内某所・廃ビル。
矩人(かねと)はイーディスがビルからいなくなった後、彼女の元事務所の部屋とそのフロアになにやら細工を施していた。
「矩人、順調かい?」
耳元から當麻の通信音声が聞こえた。
「めちゃめちゃ順調ですよ、當麻様」
「爆弾を仕掛け終えたかい?」
「終わりましたよ。これでイーディスを消すんですか?」
「場所が場所だからね〜。派手に消そうと思っていてね。イーディスの反応が楽しみだ」
「なかなかに容赦ないどころか、熾烈じゃないですか」
「あいつ、もういらないでしょ。私刑がしたいがために彼女を利用したが、成果はあげれていない。
こっちの思惑とは別方向に行ってしまったやつには用なんて、ない」
この廃ビルに爆弾を仕掛ける指示を出したのは當麻。
「矩人、そろそろ撤収しろ」
「はいは〜い♪」
矩人はビルから姿を消した。明日の午後、この廃ビルは悲惨な現場となる。
解析班は警視庁の西園寺と通話中。
「西園寺警部?警察に協力して欲しいことがあるんですが」
「朝倉、どうしたんだ」
「明日の午後、江東区某所の
ビルという廃ビル…マークしてくれませんか?
警察でも『イーディス』について捜査しているんでしょ!?復讐サイトの管理人!紀柳院司令補佐を助けて欲しいんです…。彼女はイーディスと関係あるみたいで…。このまま放っておけないですよ!」
「イーディスについては捜査していますよ。彼女は殺人も犯しているからね。
あのネット配信のおかげで捜査が進展した。サイバー班を舐められたら困るな。警察も覆面パトカーでビル周辺に待機するから大丈夫」
水面下では警察がイーディスの捜査を進めていた。
解析班チーフの朝倉と西園寺警部はよく連携するため、顔見知り。
「室長、警察と連携取れました。これで補佐は守れます。イーディスの捜査も水面下で進んでいるとのこと」
朝倉は司令室へと入ってきた。
「お前ら…ずいぶんと早いよな…」
「解析班なりにやれることをしてるだけなので!それが私達の使命だから」
なんかカッコいいことさらっと言ってる〜。
畝黒(うねぐろ)家。
「當麻様、残り2体の強化マキナ…どうしますか?」
矩人はわくわくしながら聞いてる。
「イーディスを消してからでいいだろう。マキナ2体は街中に放つ。
グレアの置き土産だ、使ってあげないと彼が報われないからねぇ」
「ゼノクはどうしますか」
「まだ早いでしょ、その段階。まずはイーディスを消してからだって言ってるでしょうに。
イーディスは紀柳院鼎にこだわっていたようだが、我々には関係ないことだ」
「あの仮面の女にこだわる意味がわかりませんよ。過去に怪人によって重度の火傷を負ったとは聞きましたが。仮面は火傷の跡を隠すためでしょうねぇ」
矩人は勘がいい。彼は進んで當麻の手足となって動いている。
明日の午後、鼎・イーディス・鼎の警護につく御堂と梓・警察そして畝黒家が一斉に動こうとはまだ誰も気づいてはいないだろう。
鼎はまだ若干怯えていた。
「大丈夫?震えてるよ…?」
彩音が優しく声を掛ける。
「怖いんだ…ものすごく…!イーディスが私刑するんじゃないかと思うと…」
「考えすぎだってば」
「私からしたらあいつは絶対的な存在だった。和希が止めなかったら今の私はいない…。復讐に取り憑かれていただろうな」