十二年と八時間 (1)
04/25 00:45 (0)


「なんで俺に話してくるんやって思いました?」
「そんな、なんで俺やねん!とは思ってないよ。声かけてきてくれて、話聞いてたら高岡さんの今までとは違う顔が見えて。話してくれて嬉しかったよ」

柔らかな色の照明のダイニングバーでテーブルを挟んで向かい合ったのは先週の土曜日のこと。
その日までずっとやっぱり話すべきではなかったのかもしれない、と考えていた私は話してくれて嬉しかった、という深山さんの言葉に涙を堪えた。




展開がよく分からない?(笑)
だと思います。私も一週間経った今でもちょっとよく分かりません。

時は遡り、この土曜日の前の週のこと。
深山さんは朝早くに出勤してきて、食堂でテレビをつけて携帯と飲み物を片手に少しゆっくりしてから仕事を始めるようで、毎朝挨拶を交わせることが私のちょっとした楽しみです。
とある問題対応に追われ、三月は7時から22時まで働いた日もあったほど、うちの部署は忙しくしていました。その案件が落ち着いてきた頃、私は忙しさから目をそらしていた、というよりも考えずに済んでいたひと月前に起こったとある出来事について、思いを馳せていました。

「……深山さん」


いつもの通り、携帯でゲームをしていた深山さんは私の声に振り返る。

「深山さんって、●●さん(同僚ちゃん)が辞めるまでの経緯、知ってますか」

「…いや、知らない」
「…え、知らないんですか」
「うん。知らんよ」

てっきり、リーダーあたりが話しているものだと踏んで、私はこの話を振ったものだったから、それはもう狼狽えました。
そう。あの、深山さんと私はお似合いだと言って傷口に塩を塗り、忘年会では深山さんに彼女が居るのかグイグイ聞き、深山さんをボウリングへ誘った張本人である同僚ちゃん。ひと月前に、退職したのです。
「えっと、あの、てっきりリーダーが話してるもんやとばっかり…」と次の言葉が紡げずに居ると、「まぁまぁまぁ…」と言いながら、深山さんは自分の近くのイスを引いて自らの方へ向けると、座面をその綺麗な手でトントン、と叩いた。正直ニヤニヤした。

「リーダーが深山さんには話してるもんやと思ってたから、しくじったなって今思ってます」
「風の噂ではなんとなく聞いたけど、聞いてもいいもんかなぁと思って黙ってた」
「そうなんですか。いや、あの…ちょーっと、愚痴りたいなって思っただけです」
「うん」

長くなりますよ、と前置きして、私は話し始めた。
当初、体調不良で二日続けて欠勤した同僚ちゃんは、二日目の連絡時に「明日は行けそうです」と言ったそうな。しかし、彼女は次の日、出勤してこなかった。それも、無断欠勤。私はこのことを退勤後にリーダーから聞き、『大丈夫ですか?』というLINEを同僚ちゃんに送った。けれどもそれに、既読がつくことはなかった。
そのまま週末を迎え、次の週の月曜の朝、タイムカードのところでリーダーと深山さんがこの話をしていて。何か心当たりはないのかと深山さんに聞かれるも、私は何も思い浮かばなかった。これがあったから、リーダーはその後のことも深山さんに話したのかな?と私は思っていたのですが。

そしてその月曜の午後、総務の人が同僚ちゃんの家を訪問する。しかし、部屋は既に引き払われており、相変わらず連絡は取れないままで、完全に行方が分からなくなる。留守電に繋がるということは、番号は生きている。ゆえに、入院したりもっと言えば亡くなったりしたというわけではないということでもあって。
終業間近に愕然とした様子のリーダーが「あの子、多分もう来やへんわ」という一言を皮切りに話を聞き、訳が分からず、その日は泣きながら帰った。もしかしてブロックされているのでは?と思ったのはその話を聞いてからで、ネットで調べ方を検索して試してみると、やはりブロックされていた。
ショックを受けても、ご飯は美味しい。それがまた悲しくて仕方がなかった。

次の日は、急遽20時までの残業が決まった。
伯母さんに遅くなることを一応連絡しておこうと思い、トイレに入って携帯を取り出した。すると、そこにはLINEの通知が一件。
相手は同僚ちゃんで、そこには仕事を飛んだことへの謝罪と、連絡しないといけないのは分かっていたけど、なんかしんどくて行く気にもなれず、という言葉。結果的に、彼女は仕事を飛んだのでした。
返事をしようと帰りの電車でまたしても泣きながら文章を打ち込んで送信するも、既読はつかず。言いたいことだけ言って、またブロックされていました。もう彼女とは、一生会えません。話せません。最後に話したのは、同僚ちゃんの最後の出勤日となった日の帰り、「お疲れ様でーす」と後ろ姿を見送ったところです。


金曜に話せたのは途中までで、私の始業時間が来てしまったので、「すいません、時間が…」と言うと「また月曜、お待ちしてます」と深山さんは言った。
私、実は「長くなりますよ」って、わざと言ったんです。本当に話は長くなりそうだったけど、もしかしたらご飯誘われたりするかな?ってほんの出来心で。だけど、深山さんはまた来週って言ったから、ああ、やっぱりそこは彼女居るしちゃんと線引くんだな、これはもう仕方ないな、って諦めの気持ちが大きくて。

そして週が明けて月曜、挨拶をして近寄って行くと「愚痴は?」と深山さんから促され、話し始める。
またしても始業時間が迫ってきて、そろそろ時間が…と言おうとしたその時。

「先週話聞いてて、後であっ!と思ってんけど、長くなるんやったら飯でも行って聞こうか」

自分でも思ってた以上に驚きの声が漏れる。

「あのう…時間が…」
「うん。分かってる」
「えっ」
「だから、飯行こうって」
「アッ、ハイ」

半ば押し切られるように私は返事をしていた。

「俺は飲むけどな(笑)高岡さんも飲むやろ?」

「えっ、はい。飲みます」
「高岡さんって最近19時まで?俺、大体18時半くらいまで仕事してるから、その後でも。また朝でも昼でもいいから、」
「昼…?」
「あー…昼は難しいか。朝とか、いつでもいいから声かけて都合のいい日教えて」

「はい…ありがとうございます…」

そして翌日、「金曜日でもいいですか」と言うと「うん、いいけど…高岡さん、次の日仕事じゃないん?」と聞かれ、「はい。でも土曜はいつもより出勤遅いんで大丈夫ですよ」と答えると、「別に土曜でもいいよ?」とまさかの発言。
「あ、じゃあ土曜がいいです」と言いながら、いいのか…本当にいいのかこれ…深山さんは土曜休みじゃん…休みの日にわざわざ私の話聞くためだけに出てきてくれるのかよ…何考えてんだよ…と頭がグラグラしてくる。
待ち合わせ場所と時間を決めていると、同じフロアの会議室に用があったリーダーが通りかかり、「今日ははよ降りて来るんやで!!!」と、いつになく強い口調で言われる。
「なんであんな怒ってんの?」と深山さんは笑っていたけれど、「なんであんな怒ってるんですかね」と笑い返しながら、いやいやそれ昨日深山さんに引き止められて、降りたら注意されたからだよ!暗に深山さんのこと怒ってるんだよリーダーは!と心の中で突っ込む。

仕事中、仕事のことで接する機会があるたび、罪悪感のようなものや本当に大丈夫なのかという複雑な感情が混じって、勝手に一人で居心地の悪さを感じていた。
そして金曜の朝、一応待ち合わせをするんだし、万が一のために連絡先を…と思い、「深山さん。連絡先教えて下さい」と直球でいくと「LINE?」と聞かれ、すんなりと連絡先交換。
自分で釣り針垂らしたようなものなのに、サクサク進んでいく展開についていけていないという。



(2)に続きます。








-エムブロ-