上手な終わらせ方
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「そんな良うしてくれはって……うちの娘に手出さんといてくださいよ!」

忘年会翌日の昼休み終盤、深山さんのデスクに赴いて改めて謝罪とお礼を言いに行った私。
その前にリーダーに深山さんが居たかどうかと社長が居ないかどうかを確認すると、「今、深山くんとこ行ってお礼言うてきたよ。うちの娘がお世話になりました〜って」と言われる。
リーダーには私と同僚ちゃんと同い年の娘さんが居て、とても可愛がってくれている。私たちにとってもお母さんと接しているような感覚で、とても仕事がしやすい。
そんなリーダーは何かにつけて私たちを“うちの娘”と括り(上司は上司で私たちを“うちの子”と言う)、夏の二次会から顕著に深山さんに対してそういう牽制をする。もっとも、深山さんの彼女の存在についてはリーダーは知っているはずなのだけれど。だからこそ言える冗談でもあるんでしょうね。

そんな牽制の言葉にだからそういうの傷付くから止めてくれ〜この人、彼女居ますから〜と思いながらヘラヘラ笑って深山さんの方に視線を戻すと、笑顔とはまた違う、んー…なんて言うんでしょう…なんかこう、悪そうな顔を深山さんがしてて、笑いながら帰っていったリーダーの背中が見えなくなった後、「……怖いお母ちゃんやな!」と私に言ってきて。取り合えず笑うしかなくて笑ったけれど、ああも悪そうな顔してる深山さんって初めて見るなぁと。
でも、見なきゃ良かった、とも思いました。笑っては、なかったから。もしかしたら、リーダーはよくこういう冗談を言うから辟易してたのかもしれない。だけど同僚ちゃんたちが彼女が居るのかどうか聞いてるのをリーダーは近くで聞いていたから、当てつけのように感じたのかもしれない。
深山さん、やっぱり彼女のこと、うちの部署にだけ言ってない線が濃厚なんですよね。去年の年末に急浮上した話だから、多分その頃に自分の同僚さんたちと接点のある部署の人に話してて、ということはやっぱり結婚しますってところまで進んでるんだろうなぁって。転勤希望するくらいならそうですよね。


「昨日はすいません…ありがとうございました」
「ちゃんと帰れた?」
「はい。…なんか最後の方、引率の先生みたいになってましたよ」

くすくすと笑い合って、引率の先生っぽいジェスチャーをする深山さん。

「眠そうですね」
「うん…眠いよ(笑)でも、一番睡眠時間長かった疑惑があんねんなぁ」
「えっ(笑)」
「何時に家着いた?」
「一時半です」
「一時半?その時間にはもう寝てたもん(笑)」

タクシーで帰ってシャワー浴びて歯磨いて寝て起きて、という一連の流れをやはりご丁寧にジェスチャー付きで話してくれる深山さん。前々から思っていたけれど、深山さんは身振り手振りが多い。表情も豊かだし、目が大きい(なんせトトロに似てる)から、たまに顔がうるさい。

「……本当にすいません、ありがとうございました」

自分でもしつこいと思ったけど、口をついて出た謝罪とお礼。ちゃんと笑えてないのがよく分かったし、多分その私の表情を深山さんも何度か見てきているので、「そんな気ィ遣わんでいいよ」と手を振って笑いながら言われる。ああ、気を遣わせてしまったと臍を噛んだ。
忘年会の後にボウリングへ行ったことを私はリーダーに話したし、リーダーはまた別の社員さんに話したようで、深山さんは深山さんで他の人に話したみたいなので、後ろめたいことはないですよっていう証明でもしたかったのかなってちょっと邪推したりもして。後ろめたくないからこそ話せるんですけどね。私もそのつもりでリーダーに言ったんだし。

そう思うと、昔、帰り道で会って一緒に帰った時の話を深山さんはリーダーにしたのも、そういう意味だったのかなあ、なんて。まぁ、深山さんって結構お喋りなとこあるからな。ずる賢い人、という印象がどうも拭えない。
やっぱり黙って居なくなるつもりなんですかね。遅かれ早かれ、彼女の有無とか本当に転勤するなら転勤の理由とか、そういうの全部分かっちゃうだろうに。転勤だから、一時的にこっちに帰国というか出張で来ることもあるだろうに。どういう顔して私たちと会うつもりなんだろう。そんなに言いたくないものなんですかね。言いたくないのかな…やっぱり。
散々他の人のことあれこれ言ってるけれど、深山さんのやってること、やってきたこと、やろうとしてることが一番ぶっ飛んでるように周りから見えるし見られてるっていうのがなんとも皮肉だなってちょっと思ったりもするんですけどね…




ボウリングへ行ったメンバーの中で、深山さんと一番付き合いが長いのは私でした。
年齢の話になると必ず「高岡さんは、知ってるよねとわざわざ俺の年齢知ってるよね、って意味合いで言ってくるのが不思議なのですが、そのやり取りは付き合いの長さを私に知らしめて、二年前の忘年会、初めてまともに話すのに第一声が「おいくつですか?」だったことを鮮明に思い出させる。恐らく深山さんもその時のことをよく覚えているのだと思う。

あえてする必要のなさそうな確認をわざわざされる意味がよく分からないのですが、深山さんが後にも先にも年齢を誰かに聞いているところを私は知らないし、年齢の話をするにしても基本的に私の年齢を基準に上か下かと話を進めるものだから、内緒話のようなそれは私の胸を少しばかり躍らせもするし、痛める引き金にもなっている。
彼女と出会って付き合いだしてからどれくらい経ってるのか知らないけれど、なんとなく、当時の言動的にこの一昨年の忘年会が分岐点だったように思えてならなくて。そう思いたいだけなのかもしれないっていうのは重々承知でも。
悔やんだってもうどうしようもないけれど、あの日の帰り、私の隣を歩きながら「クリスマスかぁ…寂しいなぁ」ってぼやいてた深山さんに何かそういうような言葉を返していたら、今こんな文章を書かずに済んだのかもしれない。
深山さんを会社の中の一人として認識した時、あ、この人のことあんまり気にしてたら好きになってしまう気がする。あんまり気にしちゃダメだ。なんて馬鹿なこと考えなければ、こうして悲しんだり居なくならないで欲しいなんて寂しい思いをしなくて済んだのかもしれない。
たらればなんてないんですよね、人生には。チャンスはその一瞬かもしれない、なんてよく言いますもんね。それが一昨年のその時だったのかもしれない。


忘年会会場を出て駅の方まで歩いている最中、一行の中に顔は知っているけれど名前を知らない人が居り、「あの人、なんて名前か私知らないです…」と小さな声で言うと、深山さんはその人の名前を教えてくれた。
別の部署だし、接点皆無だからなぁと思いながら教えてもらったばかりの名前を復唱してみる。

「●●(うちの部署名)の人は接することがほぼないし、よう覚えやんねんけどなぁ…」
「入れ替わり激しいですからね〜」
「なるべく人の名前は覚えるようにしてるんやけどな」

こういう、相手の小さなこだわりのようなものに自分との共通点を見つけると、何故だか私は嬉しくなる。
「私もそうです!」と言うと、あたかもそのこだわりを知っていましたよ、と言うような声音で深山さんは「そうやんな」と相槌を打った。
自分の名前がなかなか人に覚えてもらいにくい名前だから、人の名前だけはちゃんと覚えるようにしている、ということを噛みながら言うと、深山さんは「確かにそうやな」と言って笑った。
あたかも知っていたかのような口ぶりであったのは、恐らくリーダーが深山さんと話す時に私のことを物覚えがいい、というニュアンスで話してるからなんだろう。




今日、友達と忘年会をするんです。
今回はいつにも増して、良い報告ばかり聞けそうで、その真逆の報告しかできない自分が情けなくて。

去年の忘年会で、それぞれ目標を言っていったんですね。
私、その時に『深山さんと今年よりもたくさん話して、仲良くなること』を目標に挙げてたんですよ。我ながら健気で笑っちゃう。
結果的に、その目標は達成できてるんですよ。できてる。できてるんだけれども、こういう状況が待っているとは少なくとも去年の年末には信じていなかったし、会社で聞いた深山さんと彼女の話も嘘だろうって思ってました。でも嘘じゃない。現実なんだ。


来年の目標は、なんでしょうね。
もし本当に転勤するなら、『笑って深山さんを見送ること』なのかもしれない。
居なくなってしまう場合、その時その理由が公になっていようともいまいとも、私は深山さんに自分の気持ちを伝えてもいいのでしょうか。
有村くんの時とは違う悲しさ切なさがあって、正直、深山さんは今や悪い男にも見えているけれど、それは私視点だからだろうし、深山さんならちゃんと受け止めてくれるかなって希望的観測もあったりして、私はそろそろ好意を自分の中で押し殺したり抑えたりするのではなく、きちんと伝えないとなんとなくダメな気がして。後で自分を許せなくなる気がして。

先輩の後ろを付いて正に後輩という風だった私と出会った深山さんは、その先輩が退職して寂しさと引き継いだ仕事の重荷に押し潰されそうだった私も見ていて、そんな私に「ぼちぼちね」と助言をした。後に分かるのは、それは深山さんの口癖であるということ。
やがて社員になり、部署で少しばかり責任のある立場を与えられ、先輩としても立ち振る舞うようになった私を今、深山さんは見ている。
あなたの目には今の私はどう映ってますか?なんて、昨日は考えていました。
別の部署の一回り年下の女の子、程度にしか見えてないのかなと思いきや、サブリーダーとして接されることもあるし、露骨なまでに女性として扱われることもあって、いまいちポジションや距離感を掴みかねるのです。私の深山さんへの他の人とは違う感情を差し引いたとしても、深山さんは特に。


心の整理を、始めるべきなのだと思います。
気の持って行きようを、考えなければならない時がきているのだと思います。
だからこそ忘年会で彼女の有無をハッキリと口にして欲しかったのだけど、それが深山さんの意思であるならば、やはりどうすることもできないんですよね。
あー、そろそろ実る恋がしたいなぁ。そんな風にぼやいたりもしてしまうってもんです。

今年の更新はこれが最後になるかな?
なんだか、今年は記事を書こうとしては手が止まり、下書きばかりが増えて…みたいなことを繰り返していました。
良いニュースと言えば、派遣ではなく直接雇用になったことくらいでしょうか。やっぱり仕事しかしてない一年だったな…(笑)
去年はぶっつり線が切れたようになかった深山さんとの接点も、どうしてか今年は多くて。この二、三ヶ月はそれが顕著でした。

有村くんのことをメインに書かなくなってから随分経ちますが、当時から今も読んでくださっている方には本当に感謝しています。
今のこの恋も、なんとなくではありますが、終わりが見えてきたなというかさすがに終わらせなければならないよなと思案し始めました。もうしばらくの間、お付き合いいただけると嬉しいです。
では、また来年。良いお年を!








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