夢100のプリトヴェン夢
C ミーティア、プリトヴェン、カリバーン、主人公。弟の帰還に……。
ミーティアがここに滞在して、今日で三日目。
そろそろ旅立った方がいいだろうかと悩みつつ、国王やプリトヴェンが「好きなだけいてくれて構わない」と言うのについ甘え、旅の空では早々ないだろう王宮暮らしを続けていた。
「……カリバーン様、まだ戻らないようね」
『ユメクイにやられてる可能性が高いわよね』
ざりざりと顔を洗いながら、フォルが他人事のように窓から外を見る。
今日も、アヴァロンの空は快晴だった。
プリトヴェンは騎士団の訓練に出ているので、今日一日ミーティアは微妙な居心地の悪さと付き合う羽目になりそうだ。
それでもここにいるのは、プリトヴェンと離れがたいから、と言うのが大きい。
訓練のない非番の折、プリトヴェンはミーティアを連れ出して街を案内してくれていた。そしてそこで彼を知るたび、ミーティアの中で彼の存在が大きくなっていったのだ。
……だが、ミーティアは体裁上、旅の巫女である。王族の彼は、同じ王族か貴族の娘と結ばれて然るべきであり、あまりにも身分が釣り合わない。
『アナタ、まだそんなグダグダ悩んでるの?言ってやればいいでしょ、自分は夢王国トロイメアの姫なんだって』
「だから、継承権がないんだってば」
『あろうがなかろうが、姫は姫よ。王族に生まれてるんだから、嘘は言ってないでしょ。それに、第一継承権を持つ直系の姫は行方知れずと聞くし、今なら……』
「フォル」
ミーティアが咎めるように声を刺々しくした。
「わたしは、成り代わってまで、プリトヴェン様と結ばれたいわけじゃないわ」
『ああそう。なら、そうやっていつまでもグダグダ悩んでいるといいわ』
フォルはにべもなく言うと、窓際で体を横たえた。
……いつもこうだ。フォルが気遣ってくれているのを一番に知っていると言うのに、その話題が出るとつい、むきになってしまう。
溜め息をついたミーティアは、気分転換に図書室を覗こうと腰を浮かせかけたが。
『待って。……すごい歓声が聞こえる』
ぴくりと起き上がったフォルに言われ、思わず耳を澄ませた。
言われてみれば確かに、さざ波のような歓喜の声がこちらまで届いている。
「行ってみようか、フォル」
『ええ。……って、肩に乗るわけないでしょ。服に毛がついたらどうするの。アナタはもう少しお洒落に気を遣えるようになりなさいな』
溜め息交じりのフォルにむ、と頬を軽く膨らませるも、揃って部屋を出る。
すぐさま、廊下を駆けてきた侍女とぶつかりそうになってしまった。
「ああ、すみませんミーティア様!」
「い、いえ、こちらこそ……どうしたんですか?そんなに慌てて」
ミーティアが謝るのもそこそこに、侍女はぱあっと顔を輝かせる。
「カリバーン様です!カリバーン様が、お戻りになりました!」
「えっ」
「今、騎兵隊を率いて城に戻ってくるところです。……トロイメアの姫君を連れて!」
「!!」
侍女の弾んだ声に対し、ミーティアはさっと体を冷たいものが走るのを感じた。
トロイメアの姫と言えば、自分の他にそうたくさんいるわけではない。確かにトロイメア王国も側室は多かったが、子の殆どが男児と言われているからだ。
それを考えれば、つまり、カリバーンが連れてくるのは。
『……第一王女……』
フォルが微かに、毛を逆立てるのが見えた。
「ずっと留めていたプリトヴェン様の分も兼ねて、盛大な祝賀会が催されることでしょう!ミーティア様もぜひ、ご参加くださいね!」
「あ、はい」
思わず生返事になってしまったものの、侍女は気にせず「忙しい忙しい」と嬉しげな様子で去っていく。
それを見るともなしに見送って、ミーティアは小さく息を吐いた。
『……なんで、このタイミングなのかしら。よりにもよって、ミーティアがいるところに』
「偶然よ。仕方がないわ」
『偶然だとしても』
フォルはふうっ、と毛を逆立てて唸った。
『たとえ彼女に何の罪もないとしても……アタシは許さないし、認めない。トロイメアの姫はミーティア。プリトヴェン王子を目覚めさせたのもミーティアよ。確かにカリバーン王子も大事なんでしょうけどね、もしこれでミーティアを蔑ろにしようもんなら、絶対復讐してやるんだから!』
「フォル、落ち着いて。……見に行きましょうか、二人を」
ミーティアは宥めるように、相棒を軽く撫でた。
連れだって城の中を歩けば、従者や侍女があちこちで歓喜の言葉を零し、迎える準備に追われているのを幾度も目にした。
無理もないだろう。
プリトヴェンを追って行方知れずとなったカリバーンが、数ヶ月ぶり(城の者に話を聞くと、プリトヴェンもカリバーンも数ヶ月単位で城をあけていると判明した)に帰還すると言うのだ。王城の者として、これほど嬉しい報せもそうはあるまい。
やがて侍女らが集まっている一角を見つけ、ミーティア達はなんとかそこに混ぜてもらう。
ちょうど城の入り口近く、彼らは待ちわびているかのようにあちこちで囁きを零していた。
「カリバーン様、ご帰還!」
厳かな声が響き、城の門が開かれる。
凛々しい部隊が軍靴を響かせ入る中、先頭を率いているのは、プリトヴェンよりも涼しい顔立ちの青年だった。短く切りそろえられた茶髪に切れ長の目をしており、プリトヴェンを目覚めさせた時と同じ、礼服仕様の軍服で長身を包んでいる。
そしてその傍らには、良くも悪くも平凡な女性が続いていた。
『あれが、トロイメアの第一王女ねえ。どこぞの平民かと思ったわ』
フォルの皮肉が響くも、すぐに王城の者らの歓声にかき消されてしまう。
ミーティアは静かに目を伏せた。
……そうして、迎えの従者らがちらほらと散っていく中。ミーティアはひとつ息を吐き、歩き出す。当初の予定通り図書室で、時間を潰すために。
図書室を出たのは、あれから少し時間が経ったあとのことだった。
何冊か目を通してはみたものの、あまり集中できなかったのだ。ひとまず一冊ほど借りて部屋で読もう、と本を持ち歩いていると、差しかかった中庭でカリバーンと先程のトロイメアの姫、そしてプリトヴェンが三人で話すのを目にした。
久々に弟と会えたからだろう。プリトヴェンは穏やかで、トロイメアの姫が近くにいるにも関わらず、気を抜いた様子を見せている。
「……」
こちらと話す時には、いつも緊張が抜け切れていないと言うのに。
ミーティアの胸が、ちくりと微かに痛んだ。
『ミーティア。気付かれたわよ』
「えっ」
呆けた声を出す合間にも、三人がこちらへ向かうのが見える。ここで逃げては、さすがに不自然が過ぎるだろう。
諦めて本を抱えたまま三人を待てば、程なくして近づいてきたプリトヴェンが、嬉しげに話しかけてきた。
「ミーティア、ここにいたのか。探したんだ。……紹介するよ。俺の弟のカリバーン。剣を預かる、騎兵隊の長なんだ」
「お初にお目にかかります、ミーティア様。兄さんがお世話になったのだとか」
「い、いえ……」
生真面目な表情だが、悪戯っぽく細められた瞳は、先程見たより柔らかさを感じさせる。
「ええと、それで、こちらがトロイメアのリアン姫だ。弟を助けてくれたと聞いている」
「初めまして、ミーティアさん!」
トロイメアの姫君である、リアンと呼ばれた女性は、屈託なく笑いながら手を差し伸べる。
思わずミーティアは一歩下がり、恭しく礼をしてみせた。
「……初めまして、姫様。わたしはミーティア。旅の巫女です。こちらは、相棒のフォル」
『よろしくなんかしてやらないんだから』
「すみません、お邪魔をしてしまって。わたしの事はお気遣いなく、どうかごゆるりと」
もう一度深々と頭を下げると、プリトヴェンが呼ぶのも構わず、足早に去っていく。
……これ以上、プリトヴェンが他の女性と仲睦まじく話すのを、見たくはなかった。
それがプリトヴェンを困らせる、自分勝手なわがままだとしても。
『ミーティア……』
駆け寄るフォルが、気遣わしげに声をかけてくる。
それに答えることなくミーティアは、何かを堪えるかのように目を伏せたままだった。
D フォルとカリバーン。真昼の庭で
『あーあ、どうしてこうなっちゃうのかしら』
中庭で日向ぼっこしつつ、フォルは溜息をつく。
『ミーティア、あれからずっと塞ぎこんじゃってるし……今夜は祝賀会よ?さすがに顔を出さないのは、どうかと思うのよねえ』
お気に入りの場所を見つけて体を横たえるものの、頭をよぎるのは彼女のことばかりだ。
ふう、と大きく息を吐いてフォルは、ぺしぺし尾を振った。
『……大体、あの王子も無神経だわよ!ミーティアの気持ちを知ってたら、あんな……いえ、違うわね。王子にしてみれば、意図なんてないはずだもの。責めるのは筋違いだわ』
誰にも聞こえないのをいいことに、ぶちぶちとフォルは零す。
そんな彼女に近づく長身の影が、ひとつあった。
「……」
『あら』
気配に気づいて顔をあげれば、カリバーンが目を丸くしているのが見える。
フォルはすっくと座り直し、顔を洗う仕草を見せた。
『何かしら、アヴァロンの第二王子が、アタシに用……なわけないわね。でもトロイメアの姫君はどうしたのかしら』
「っ……ね」
『ね?』
「猫が、人語を……まさか魔物か?!」
思わず腰に吊った剣へ手を掛けるカリバーンを、フォルはあきれ果てたと言わんばかりにじっとり見つめた。
『ねえ、アナタと言いプリトヴェン王子といい、アヴァロンの王族はまず最初に他人(ヒト)(?)を魔物だって疑わないと気が済まないわけ?と言うか、レディに対する物言いがなってないんじゃないかしら』
「れ、レディ?だが……」
『魔物がいるんだから、喋る猫がいても不思議じゃないでしょ』
「そう、なのか?」
『そうよ。細かいことを気にしてたら禿げるわよ』
ふん、と鼻を鳴らしてフォルは、テーブル横の花壇に移った。
それを追うように歩み、椅子に座って、カリバーンは改めてとフォルを見やる。
「……失礼しました。流石に驚いて、つい」
『いいわよ。アタシは寛大だから許してあげる。アナタ、カリバーン王子だったわよね?』
「ええ。貴方は確か、フォルでしたね」
『敬語なんて要らないわ。アタシも敬語を使う気はないし』
「では、そのように」
カリバーンは緩やかに微笑すると、フォルを見つめた。
『何かしら』
「……ミーティア様は、大丈夫かな?」
『大丈夫だったら苦労しないわよ。ところで、トロイメアのお姫様はどうしているの?』
「兄が街を案内しているんだ。俺は、どうしても外せない用があって……」
『……そう。お姫様も王国もそうやって、無自覚にあの(ミーテ)子(ィア)から奪っていくのね』
フォルの瞳が、鋭い刃のような光を帯びた。
『それならそれで、構わないわ。どうせあの子は今夜の祝賀会に出ないでしょうし、なんなら夜にでもここを発つと思うわよ』
「えっ」
『誰が好きこのんで、惚れた男が他の女と仲良くしてる様なんか見たいと思うの?アナタも王子で、いずれは妃を貰う立場なんだから、少しは女心くらい学んでおきなさいな』
「……兄さんが、悲しむと思うけれど」
『アタシの知ったことじゃないわね。そもそも、アナタのお兄様はアタシの声が聞こえない。つまり、ミーティアの運命を変えるには至らない存在だったのよ』
「運命?それは、一体」
『そうね。もうこの国とは縁も切れるだろうし、教えておいてあげるわ』
フォルはすっと背を伸ばすと、遠くを見るように目を細める。
『ミーティアは、旅の巫女なんかじゃない。トロイメア王国の王女よ。……とはいえ、継承権なんてないに等しい、お飾りの王位だけどね』
「まさか」
『そのまさか。でなきゃ、指輪になったプリトヴェン王子を目覚めさせるなんて、できっこないじゃないの』
「……兄さんは、そのことを?」
『知らないでしょうね。けど、知る必要もないわ。ミーティアが、隠したいと言っているんだもの。……まあ、こうして第一王女が現れちゃ、私も姫ですなんて主張する方がばかばかしいけれど』
「……」
カリバーンは微かに眉を寄せ、目を伏せる。
『ミーティアは、本当にプリトヴェン王子が好きなのよ。だって、王女なのに王女じゃないって立場から自分を下に見がちなあの子に、初めて「自分を卑下するな」なんて言ってくれたんですもの。……だからこそ、第一王女にはここに来て欲しくなかった。どんなに好きあっていようと、継承権がないんですもの。アヴァロンもきっと、ミーティアより第一王女を妃にしたがるはずよ。なにせ、夢王国トロイメアの、第一王女なんですからね』
「だが」
『カリバーン王子。夢は、いつか覚めるものなのね。……とても幸せな、夢だったわ』
フォルの翠玉のまなざしは、かなしそうに揺れていた。
『プリトヴェン王子ならきっと、ミーティアの、さすらう運命を書き換えてくれると思っていたのに。あの子が王女でもそうでなくても、接し方を変えなかった王子ならと、ほんの少しは、期待していたのに。……やっぱり、身勝手な期待なんかするもんじゃないわね』
「聞いてくれ、フォル。兄さんは……!」
『アタシにアナタが何を言ってもしょうがないわよ。ミーティアに、プリトヴェン王子からの言葉は来ないのだから』
フォルは花壇から飛び降り、庭の奥、茂みの方へと向かう。
その途中で振り向いては、カリバーンへふっと目を細めて見せた。
『……そうそう、むきになって話すのはいいけど。今のアナタ、傍から見たら猫に必死こいて話しかける、頭のイカれた王子になってるわよ。ここにはまだ誰もいないからいいけど、ほどほどにしておきなさいな』
「フォル!」
カリバーンが呼びかけるが、フォルはそのまま、軽やかに茂みへと姿を消した。
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