「ああ、アルフォンス。遅かったな」
銃口を向けられているというのに、その男は悠然と来客用のソファで寛いでいた。一見、壮年だが外見以上に高齢だという事をアルフォンスはよく知っている。
「……ヴァン・ホーエンハイム。何をしに来たんですか」
狙いを定めたまま、アルフォンスは低く尋ねた。もっとも相手はまるで動じない。後ろに撫でつけ、一つに結った金の髪。同色の目には眼鏡を掛けており、恰幅の良い体躯は上質のスーツに包まれている。
「ちょっと近くを通り掛かった、っていうのはどうだ?」
(どうだ、ってのは何だよ)
浮かんだ言葉を、けれど彼は口には出さなかった。それ以前に、いくら通り掛かったとは言え無断で家に上がり込んだ段階で、目の前の男・ホーエンハイムは立派な不法侵入者だからである。
睨み付けるアルフォンスに、相手がつ、と淡い色の双眸を細めた。
「俺はただ、形式通りの来訪をしただけだぞ」
その返事は予想出来たので、彼はただ眉を顰める事で応えた。と、さっきの皿の割れる音を思い出し、ため息と共に口を開く。
「家を荒らしておいて、何が来訪ですか。断っておきますけど、ここはボクの家じゃない。ウィンリィが帰って来たら、言い逃れは出来ませんからね」
「……ああ、あの魅力的なお嬢さんか」
少し考えた後、幼なじみの事を思い出したようだ。けれど魅力的、という言葉に、アルフォンスは更に顔を顰めた。相手の判断基準は、外見の美醜だけではないからだ。
「どんな相手でも許さないですけど……ウィンリィには、絶対に手を出さないで下さいね?」
「……ふぅん?」
途端にホーエンハイムが思わせぶりな笑みを浮かべるのに、アルフォンスは目尻を吊り上げた。怒りのままに、引き金にかけた指に力を込める。と、それに気づいた男が慌てたように両手を上げた。
「解った。我が妻に誓って、絶対に手は出さんよ」
『妻』という言葉を引き出した事で、アルフォンスはようやく相手から銃口を外した。それくらい、ホーエンハイムにとって妻である女性は特別な存在なのだ──そう、周囲の者、全ての運命をかき回せるくらいには。
「ああ、アル。帰ってきたのか」
しばし黙り込んでいた彼の耳に、聞き慣れない声が届く。
自分の名前を呼ぶそれに何だ、と目をやって──アルフォンスは呆然と声の主を見た。一方、話し掛けてきた相手はというと、屈託のない笑顔で話し掛けてくる。
「ちょうど今、肉が焼けたんだ。飯はあったかいうちがいーからな」
「……肉?」
「安心しろよ。ちゃんとオレが獲ってきたのだから」
そういう問題ではない。いや、確かに冷蔵庫の中の食材を無断で使用されたら、ウィンリィの機嫌を損ねるだろう。だがそれ以前にまず、アルフォンスは相手に聞かなければならない事があった。
「……君、誰?」
年の頃は自分と同じか、少し下くらいだろうか?
もっとも、印象はアルフォンスとはまるで違う。まず背が低い。そして顔も小さくて、彼やホーエンハイムと同じ金色の目が、こぼれ落ちそうに見える。
人形みたいに整った顔をしているが、ファッションセンスは感心しなかった。デカデカと髑髏が描かれたTシャツにくたびれたジーンズ。はっきり言って好みではない、もっと言うと嫌いなスタイルだ。
(……って、初対面の相手に何、考えてるんだ?)
関係ない。そう思考を締め括ると、アルフォンスは視線を目の前の相手から男へと向けて問い掛けた。
「誰ですか?」
そう言って、突き刺すような勢いで少年(一瞬、判断に迷ったが声や体型は男だった)を指差す。そんなアルフォンスと、寄り目になりながら彼の指を見つめている少年とを交互に見比べ、ホーエンハイムは何故だか楽しそうに喉を鳴らした。そんな態度が癪に障り、睨み付けた彼を宥めるようにホーエンハイムが口を開く。
……だが続けられた言葉は、更にアルフォンスを怒らせただけだった。
「ああ、悪いな。紹介しよう……俺の息子のエドワードだ」
「…………はっ?」
我ながら、情けなくなるくらい間の抜けた声が上がった。
それから、言われてみれば確かに似ている二人を見て──アルフォンスは、怒りのままに中指を突き立てた。
「吸血鬼のくせに……避妊しろよ!? 人間を孕ませてんじゃないっ!」