生存確認
 モズ氷(dcst)C
 2021/2/17 03:20

モズ君の家を訪ねたのは、そう言えば初めてだ。私の様なアパートではなく、マンションに独り暮らし。エレベーターを使って5階まで登り、長い廊下を進んだ突き当たりで、ここだよと言われた。

「…いい所に住んでいますね」
「セキュリティしっかりしてるから、ここなら何も盗まれないよ」

悪戯っぽく笑いながら、軽口を叩く。つい先程までのメンタルなら、冗談だと受け流せなかっただろうに、今はどうだ。勿論未だ怯えているし、普段通りでは決してないが、笑みを浮かべられる程には大丈夫。隣にモズ君がいるから。
鍵を開けたモズ君に促され、ドアを開ける。しっかりした造りのそれは、私の家の安っぽいドアと違って少し重い。

「真っ直ぐ奥行って左んとこが客室だから、そこ使って」

当たり前の様に言うが、客室とは。たかが男の独り暮らしにそんなもの。本当に、随分といい暮らしをしている。
言われた通りに、薄暗い廊下を進む。モズ君が玄関のドアを閉め、しっかりと施錠する音が背後で聞こえた。
廊下の奥、左手。該当するドアノブを握り、開ける。電気が付いていなくてよく見えないが確かに、ベッドとテーブルがあるのが何となく解った。

「モズ君、照明は」
「ドアの右の壁んとこー」

暗い中で壁に手を這わせ、壁紙とは違うプラスチックらしき質感に触れる。長方形のそれの中心部にあるスイッチを操作すると、柔らかい光が部屋を照らした。間接照明というやつか、無駄に洒落ていてムーディーだ。
入って直ぐの所に、取り敢えず最低限必要なものだけを詰めたバッグを置いて、一息吐く。深い、長い、息。3週間前にドアノブに下げられていた下着を見付けてから、こんなにも、安堵の息を吐いた事があっただろうか。
ここがモズ君の家だというだけで、強張っていた体から力が抜ける。緊張していた心を落ち着かせる様に、何度も大きく息を吸っては、吐いてを繰り返した。
間接照明の明かりは確かに落ち着くもので、この優しい光さえ、モズ君の気遣いであるかの様に思えた。置かれた調度品も派手ではなく、白い壁紙に濃い青色のカーテンがよく映える。

「………?」

きれいに整えられた室内で、ひとつだけ、気になった。ベッドシーツが妙に乱れているのだ。まるで、つい今しがたまで誰かが寝転んででもいたかの様に。
シーツの波間に、何かがあるのが見えた。白いシーツの上にぽつんと、黒い、何かの布が乗っている?

なんだか、見覚えのある、素材の布が。

背後のドアが閉まった。私は閉めていない。この家で今私以外にドアを閉める事が出来るのは、ひとりだけだ。


「やっとだよ」


振り返った先にいたのは、モズ君だ。モズ君以外の筈がない。この家に入れるのはモズ君だけなのだから。
モズ君の家に、ベッドの上に、私の。…わたしの、下着が、ある。モズ君に協力を仰いだあの日に盗まれた、最後の1枚が。

「氷月」

白い壁紙。濃い青色のカーテン。乱れたベッド。私の下着。パソコンの小さな画面で見たものが、今ここにある。
なんで。どうして。声は出ない。後退るにも限界があった。背後のベッドに足を取られて転び、その背を寝乱れたシーツに受け止められる。

「安心して、氷月」

私に向けて伸ばされる傷だらけの手を、さっきはあんなにいとおしいと思ったのに、どうして。


「好きだよ。かわいい。いやらしい…」


加工された低い男の声が、モズ君の声に重なる。
あまい、毒みたいな声だ。


こわい、きたない、なんて、
言葉に出来なかった。

c o m m e n t (0)



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