『………………』
柔らかな物が顔に押し付けられている。
奇妙な寝起きにオポムリアはうっすらと目を開けた。
「あらおはようオポムリアちゃん。良く寝れたかしら?うふふ、いつも顰めっ面だけど案外寝顔は可愛らしいのね」
『退けクソ変態女』
───…。
「お前聞いたぞ、朝起きたらクロユリ様のおっ……ゲフン、胸の中で起きたって。カザハナちゃんの件と言いなんでお前ばっかり羨ましい目に……!」
『二度とあの隊は行きたくねぇ』
朝からクロユリのドアップで目覚めたオポムリアは眉間のシワを三割増しにして舌打ちをした。
男からしたら羨ましい、と言われたが同性である上にそのようなことに微塵も興味の無いオポムリアにとっては最悪の目覚めであった。
「そう言うなよお前は!見ろよコイツを!昨日散々扱かれて死にそうになってるじゃねぇか!!あの美女揃いの参番隊の中でもよりによって美・薔薇組に!」
「タスケテ……タスケテ……」
『知るか』
暁部隊参番隊 美・薔薇《ビューティ・ローズ》組。
あの男新兵を捕まえた男達である。
真実の美と愛と筋肉を謳う参番隊の中でもエリート部隊なのだが……見た目のインパクトは非常に高いキワモノ組なのだ。
噂には聞いていたものの実際に会い愛の修行と言う名の地獄の様な扱きを受けた新兵は生気を抜かれたように窶れていた。
『良かったじゃねぇか夢に見た美女様との修行できて』
「お前喧嘩売ってんのか!!」
「あぁもうあんた等うるさい!!次の修行場に行くよ!」
『はいはい』
叱られ前を向き歩き出すオポムリア。
やはりすれ違う他の班の顔色は真っ青であった。
それに心做しか班員が減っている。
よくよく考えたらオポムリアの班のメンバーも数人いなくなっていた。
どうやらオポムリアの知らないうちに脱落し看護室にて治療を受けている新兵がちらほら居たようだ。
『(俺は脱落だけはしねぇ)』
そしてそう心に強く決めたのであった。
しばらくすると次の修行場……伍番隊の屋敷が見えてきたのだった。
「さぁ次に行くよ……!次は力自慢の伍番隊……絶対に筋力アップの為の修行が嫌ってほど用意されてるんだから……!気合入れないと!」
『ああ、あのムラギリってガキとウワバミって山女だろ。クロユリみてぇな嫌な絡み方無けりゃ俺はどんな修行だって……』
と、オポムリアが言いかけると同時に屋敷を覆う壁がボコリと歪み、盛大に砕け散った。
凄まじい音を立て破片を散らすその光景に唖然として見ていると、空いた穴から豪快な笑い声がした。
「ガーッハハハハハ!!すまんすまん!!つい!今日も新兵共が来ると思うと気分が高ぶってのぉ!!ついいつもより力が出てしまったわい!」
またもや笑うと褐色の巨女……ウワバミはその穴からひょっこりとこちら覗いた。
「おうおう新兵共!来たか!早くこっちに来い!奥でムラギリ様がお待ちじゃ!」
「「………………」」
『壁壊して散らかすなよな』
見るも無惨に穴の空いた壁を直すために即座に欠片を拾い集めるハナムスビ達。
修繕作業は日常茶飯事とばかりに慣れた手付きで事を進める様子に逆に呆れてしまうのだった。
「おぉ!お前の班じゃったか!お前の事は特段待っておったぞ!えーと……名前なんじゃったかのぉ……すまん忘れた!とにかく来い!」
『待ってた割には覚えてねぇのかよこのトリ頭!!』
オポムリアの怒号も聞こえてないのか気にしてないのか、ウワバミは腕を大きく振るいながら伍番隊内部へ案内する。
しばらくあるくと他部隊同様に大広間が見え、そこには台の上に立ったムラギリが居た。
「あ!新兵のみなさんよくぞいらっしゃいましたです!おっほん!皆さまごぞんじかと思いますが、わたしは伍番隊隊長のムラギリなのです!今日はよろしくお願いいたします!」
これまでの苦行が吹き飛ぶような無邪気な笑顔に癒やされる面々。
「それではわたしから今日のしゅぎょーの内容を説明するのですっ!皆さまには今からこの屋敷の裏のお山……裂山《さかれやま》に向かってもらいます!」
『あ?裂山……んだそりゃ。確かにこの屋敷の裏に変な山あったな……なんか一つの山真っ二つに割ったような奇妙な形の山……』
「オポムリアさんは裂山の事知らなかったんですね?では皆さまのふくしゅーもかねてお話しましょう!あれは昔は一つのお山だったのです。しかし、とある年に誰かが悪いやつらと対峙したさいの一撃でお山をふたつに裂いたのです!その時からそのお山は裂山とお名前が付いたのです!では、まずはむかいましょう。次のおはなしはそれからなのです」
台から飛び降り鼻歌を歌いながら楽しそうにスキップで裂山へ向かうムラギリはとても愛らしく、後ろからついて行く新兵達は癒やし効果だ、と朗らかな笑顔のままついて行った。
オポムリアだけは何をするのか考えながら歩いていると、裂山の麓へ到着した。
遠くから見てもかなり大きな山であり、その真ん中は名前の通り裂かれたように急斜面になっていた。
元々一つの山をここまで抉り取るように攻撃したとなると相当の力の持ち主がいたようだ。
オポムリアはその山を見てどうやったら自分もできるかな、と余計な事を考えるのであった。
「はーい!到着なのですっ!ではこれから皆さまにはハイキングしてもらいます!」
「「ハイキング……?」」
「はい!きっと皆さま他の部隊ではひじょーにきびしーしゅぎょーを熟していると思って……わたしはすこし楽しい修行ないよーにしようと思ったのです!」
ここに来てそんな楽しそうな行事があるのか?と不審に思う新兵達であったがにこにこと笑うムラギリにつられ次第に警戒心も溶け同じく笑顔になる。
しかし、ムラギリの隣にドンッと置かれた物を見て新兵達は笑顔のまま固まるのであった。
「でも修行なので修行らしいこともしないとカンナギ様に怒られてしまうのです。ですから皆さまにはこちらを背負ってここから出発し、向かい側のゴールに向かってもらいます!」
新兵よりも遥かに大きい丸い岩。
その質量にまず背負う事すら苦痛であるのは一目瞭然であった。
それを背負いながらこの高い山を登り、しかも一度降りまた登りゴールを目指せという無理難題に新兵達は一瞬にして笑顔を失った。
「あっ、ちなみにこの岩を落としても壊してもだめですよ〜?途中休憩は許すのです!おひるやすみはその場でとるように、おべんとうはハナムスビちゃんが運びますよ〜♪ちゃんと時間内に運べたかたには可の印押すのです!」
「時間切れになっても安心しろ!ちゃーんとゴールまでワシが連れて行ってやる!」
確かに体力勝負だ。
と納得し子供が考えた修行内容だからと甘く見ていた事を酷く後悔した。
修行内容は単純だが単純故にその過酷さは痛い程分かる、と思った瞬間に伍番隊の隊士によって新兵達の背中に岩が背負わされた。
「では、いざじんじょーに勝負!なのです!」
───…。
「はぁ……はぁ……!重い……!気を抜いたらひっくり返りそうだ……!」
「死ぬ……!腕が千切れる……!!」
『簡単じゃねーか、前の妙なルール縛りよりこっちの方が単純で分かりやすい』
元々力勝負には自信のあるオポムリアは岩を背負いながらひょいひょいと歩いていく。
涼しい顔をしながら運ぶオポムリアに周りの新兵は驚きながらも自分も負けないとついて行く。
今迄修行を熟してきた新兵達は辛いと思いながらも何とか一つ目の山頂へ登る事は出来たのだが……問題はここからであった。
『おー……やっぱすげぇ急斜面だな』
裂山の裂かれた部分は無理矢理山を分けた為か、ある程度手入れはされているが通常通るにはなかなか厳しいものであった。
ましてや今は背中に巨大な岩を背負いながら下るのだ、下手をすれば転がり落ち下に流れる川に落ち流されてしまう。
更にその先にも難所があり、今度は急斜面を登らなければならないのだ。
橋も無い川を通り濡れた足で登るとなると足場は悪くなり力を入れなければならない。
どうしたもんかな、と景色を眺めるオポムリアだったがとりあえずやらなければ、と降り始めた。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ぎゃああああ!!」
案の定急斜面と重さに耐えきれずやっと思いで登りきった山を転がり落ち下の川へ落ちてしまう新兵が数名おり、バシャン!と水柱を立て流されていく。
川は意外にも深く流れが早いようだ。
だが、完全に流される前に伍番隊隊士がそれを救出し看護室へと運んでいくのが見えた。
オポムリアも落ちないよう気をつけながら下に降り、川へ足をつける。
シンとした冷たさが足先から一気に体全体に響き渡り、歯を食いしばりそれに耐えた。
流されないよう、岩を落とさないようと力を入れにくい川の中で足を動かす。
後ろにいた仲間が何人か体制を崩し流されていくのを横目で見ながら、オポムリアは川を渡りきった。
『って、問題はこっからだよなぁ……』
急斜面を降りたあとの急斜面。
岩は両手が使えるようにと背負うことのできる器具に取り付けてある為登る事は可能だ。
だが、実際問題この重りをつけたままこの高さを登るのは骨が折れる行為である。
しかし他に道は無い。
純粋な体力勝負であるこの修行に登る以外の選択肢は無いのだった。
『しゃーねぇ、そろそろ昼食だし食った後登るか』
───…。
二度目の山頂へ登る頃には既に夕方になっていた。
登るという単純作業だがこの急斜面がとても難しく、オポムリアの予想通り川で濡れた足が足場を悪くし何度も滑り落ちそうになったのだ。
実際滑り落ち地面に叩きつけられた新兵も何人が見かけたが、オポムリアは滑り落ちても何とかしがみついた。
それを繰り返すうちに夕日は沈みかけ、降りる頃には修行終了の時間になりそうであった。
『あとは降るだけだ、一気に降りちまうか』
何としても可の印を貰おうとするオポムリアは斜面に沿うように降り始めた。
このまま行けばなんとかクリアか、と思っていると降りていくうちに違和感を感じ始めた。
霧が異様に濃くなっている。
元々霧がかっていても見える範囲のものであったが、オポムリアが進むに連れその一帯の霧が濃ゆくなり周りが見えない程になっていた。
クロユリの時同様になにか変な薬品でも仕込んでいるかと匂いを嗅ぐも特に何もなく、身体の変化もない。
警戒しつつ辺りを探ると、何か歌のようなものが聞こえてきた。
"ねんねんころりよ
おころりよ
ぼうやはよいこだ
ねんねしな"
優しい女性の声であった。
その女性が歌うのは子守唄。
何処にいるのかも分からず、何処から聞こえてくるのか分らない。
不気味だが、不思議と恐怖という感情は生まれなかった。
何度も何度も子守唄は歌われ、オポムリアは妙にふわふわとした感覚に包まれた。
ふらふらとしながら何処かへ向かう。
『(なんだこの歌は……やべぇモンかもしれねぇのに、自然と身体が……。しかもなんだこのふわふわした感覚、気持ち悪いんじゃなくて何処か心地よい気が……っ、こんな事してる場合じゃねぇのに……)』
"◯◯◯◯……あぁ……私の可愛い◯◯◯◯……"
『(…………?誰かの名前……?誰を探してんだ……?)』
優しい女性の声は途端に悲しみを含んだ声へと変わる。
誰かを探しているようだが、相手の名前は聞こえなかった。
オポムリアが歩いていくと、誰かの影が見えたような気がしそちらへ歩いて行く。
手を伸ばそうとすると、肩を力強く掴まれた。
『いってぇ!』
「お主!どこをほっつき歩いておるんじゃ!!」
『あ……?』
そこにいたのはウワバミだった。
それに気づくといつの間にか霧は消え、辺りははっきりと見えていたが……どうやらもう日は落ちているようだ。
「なんじゃ迷子か?ガハハハ!ここまで来て間抜けじゃのう!」
『ちっげぇよ!!だいたい降りるのに一本道だろうが!!ここで迷子になるんざ逆に才能だわ!!』
「分かった分かった。しかし残念ながら時間切れじゃ。ワシは残った新兵達を拾ってくる。お前はゴールまであと少しじゃから歩いて行け」
『時間切れ……!?嘘だろ……!?』
「次は迷子になるなよ!」
『だからちげぇっつの!!……はぁ……仕方ねぇ……行くか』
先程の出来事は何だったのか?と疑問に思うが自分が失格であることには間違いない。
不服だが仕方ないと歩き出すのであった。
ゴールは本当にすぐそこであり、そこにはムラギリが待っていたが他の者は誰一人居なかった。
またもや、この修行で可の印を貰うものは居なかったのだ。
「む〜、難しかったですかねぇ?ざんねんですけど今回は印鑑をおせません!」
『チッ』
オポムリアが舌打ちをすると、空から何かが降ってくるのが見えた。
何だと目を凝らすと、それは悲鳴を叫んでおり徐々にこちらへと向かってきていた。
「うわぁぁ!!落ちるぅぅぅ!!!!!!」
『は……!?』
それは岩を背負ったままの新兵だった。
新兵は真っ青な顔のまま弧を描いてこちらへ飛んでいき、ゴール前の地面へと転がった。
『お前なにしてんだ?』
「っ、じ、時間切れになった途端ウワバミ様が現れて俺を掴んで……受け身を取れよ!と言われた瞬間ぶん投げられてここに飛ばされてきた……!」
新兵自身も一瞬の出来事に何が起きていたか分らないようであった。
そして次々と投げられていく新兵達……どうやらウワバミが山の中で見つけた新兵達を集めているようだが、その度に悲鳴が上がり夜の静けさを切り裂いていた。
「ウワバミちゃん流石ですね〜♪おや?」
ムラギリが何かに気づき空を見上げた。
どうやら新兵達が背負っていた岩のうちの一つが台座から外れ、ムラギリの方に落ちて来ているのだった。
「!ムラギリ様!危ない!」
「はわ〜、台座から簡単にはずれちゃうなんてたいへんたいへんです〜。ちゃんとつぎまでに整備しとかないといけませんねぇ」
「ムラギリ様!」
新兵達の叫びとは正反対にムラギリは落ち着いており、拳をぐっと握っていた。
そしてその拳を岩に向け振りかざす。
直後、あれ程まで大きく硬い岩は幾万の小石程の大きさに砕け散ったのだった。
『うぉ……すげぇ力』
これには流石のオポムリアも驚いていた。
唖然として新兵達は自分の背負っていた岩を叩いてみる。
どう考えても全力で殴ったところで壊れそうもないこの岩を、自分達より小さな子供であるムラギリがいとも簡単に壊したのだ。
子供と言えど伍番隊隊長だ、と隊長クラスの力を目の当たりにし改めて実力差を感じたのであった。
「は〜い♪では今日のしゅぎょーはここで終わりなのですっ!皆さまおつかれさまなのです!たくさん食べてたくさん休んで、明日に備えてくださいっ♪」
ついさっきまで岩をぶち壊した人物とは思えない程無邪気な笑顔で去るムラギリ。
そして新兵達はガタガタの身体で屋敷内へと帰るのだった。
───…。
『………………』
オポムリアは山の中で起きた霧について疑問に思っていた。
アレさえ無ければ自分はゴール出来ていたはず、と思えば思う程苛立ちは募り眠れなくなっていく。
誰か知っている者は居ないのかと起き上がり、伍番隊の誰かに話しを聞こうと寝室から出ていく。
しかし夜ももう遅い。
新兵はもちろん伍番隊の隊士の一人も見当たらないのだった。
『誰か一人ぐらい夜更かししてろよな』
「てやぁっ!はっ!おりゃああ!」
『あ?誰だ?』
中庭の方から声がすると思ったオポムリア。
そちらへ進むと、月に照らされた誰かが修行しているのが見えた。
その小さな身体は、ムラギリであった。
中庭に設置してある的に向かい斬撃を繰り返している。
まるで新兵同様の修行を行うムラギリであったが、終わったようで的に向かい一礼をすると刀をしまった。
「ふぅ、きょうはこのぐらいでやめますか……この後にお勉強して、その後に寝て……明日は起きたら隊長会議にさんかしてから……」
何してんだ、と声をかける前にムラギリはフラッと体制を崩しそのまま倒れてしまった。
『!おい!大丈夫か!』
「う゛ぅ……」
苦しそうにしているもののどうやら寝ているだけの様だ。
一応無事なことに安心すると自分に影が掛かる。
誰だと見上げるとウワバミがいた。
「ムラギリ様、また無茶をしおって……」
『また?いつもこうなのか?』
「ムラギリ様の無茶は毎度のことじゃが倒れるのは時折じゃ。お前少し手伝ってくれ」
ウワバミは大切にムラギリを抱えると、オポムリアを呼んだ。
そしてムラギリの部屋に通すとムラギリを布団に寝かせ、オポムリアに桶に水を溜めるよう声を掛けた。
水を持ってくると手ぬぐいを浸し、冷たい手ぬぐいをムラギリの額に乗せた。
まさかと思いオポムリアはムラギリの首筋を触る。
予想通り、ムラギリの身体は焼かれたように熱くなっていた。
『熱……?しかも高熱じゃねぇか、ガキが溜め込んじゃいけねぇんじゃねぇの?』
「その通りじゃ。ムラギリ様は……溜め込みすぎるのじゃ」
『……その口ぶりは訳ありって感じだな』
「……お前に話すことじゃ無いだろうが……。一つ聞いてくれんかの」
オポムリアが黙って頷くと、ウワバミは重たい口を開いた。
「ムラギリ様が幼いながら隊長格に就任した話は聞いた事あるじゃろう。実はな……正確には隊長"代理"なのじゃ」
『代理……?』
「あぁ、今も伍番隊の隊長は……ユウギリ様という女性トランスフォーマーじゃ」
『ユウギリ』
初めて聞く名前にオポムリアは首を傾げた。
そしてこの暁部隊に来てからその人物に会ったこともない事に、何かがあったのだと察した。
「ユウギリ様と同じ遺伝子を持ち後に作られた同型機……それがムラギリ様じゃ。ユウギリ様とは言わば親子のような関係じゃった」
『親子……』
トランスフォーマーには有機生命体のような血の繋がりは無いが、稀に兄弟や親子の様な関係性を持つものがいる。
それらにはきっと仲間とはまた別の絆で結ばれた特別な関係なのだろうが、生憎オポムリアにはそんな関係性の人物は居ない。
だから親子、と言われてもピンと来なかったが話しを続けて聞くことにした。
「ムラギリ様はユウギリ様に懐いておっての、本当に仲睦まじい親子じゃった……。ユウギリ様は凄いお方でな、なんせ言う事に説得力があるし有言実行!とばかりの行動力がある。暁部隊でも有能な剣士であり、その他に辺鄙な土地に行っては恵まれない子供等に手を差し伸べる事業も行っていてな……本当に……素晴らしいお方じゃった。斯くいうワシも……あー……昔ちょいとヤンチャしててのぉ、当時の仲間とある惑星で悪事をしていたら突如現れたユウギリ様にコテンパンにやられてしもうてな!やられた時は腸が煮え繰り返る思いじゃったがユウギリ様はそんな悪童揃いのワシ等に優しく声をかけてもらってのぉ、そのお陰で救いようのない悪党だったワシ等は今ここで立派に働いているのじゃ、ユウギリ様には感謝してもしきれんわい」
『んで……そのユウギリって奴は何処にいるんだよ』
「………………」
『……コイツが代理、って名乗る理由があるんだろ?死んではねぇって事だろ?』
「……あぁ……ユウギリ様は死んではおらぬ。……と、信じておる」
『……行方不明か?』
「あぁ……もう五年になるかのぉ。とある任務に行ったっきりじゃ。任務の予定期間を過ぎても帰って来ず、捜索隊も向かったがユウギリ様を見つける事も出来なかった。しかし遺体も見つから無い……それっきりユウギリ様は行方不明として扱い、急遽ムラギリ様を隊長としたのじゃ」
『なんでムラギリを隊長にしたんだ?こんな子供に隊長なんて……』
するとウワバミは拳を床に叩きつけた。
力強く放たれたそれに地面が揺れ、オポムリアは言葉を止めた。
「……すまん。しかしこれにはムラギリ様の信念があるからこそじゃ。無論反対する声も初めはあった。伍番隊の中でも優れた隊士もおったし、其れこそ副隊長であるワシが任命される話もあった。しかしな……ユウギリ様は、いつも言っておった。自分が役目を終える前に必ずムラギリ様を一人前に育て、次期隊長とすると……そんな母親からの期待に応えようとムラギリ様は隊長に立候補したのじゃ……。本来ならばその話しはもっともっと先の事。そうも説得したがムラギリ様はそれを拒んだ。母親の期待に応え、悲しませず、いつ帰ってきても良いようにと、自分が隊長を任され伍番隊を纏めている姿を見たら安心するだろうと……なんとも健気な事じゃ……。見ての通りまだ幼い子供……じゃがそれを馬鹿にされぬようにとムラギリ様は早朝から深夜まで日々自分を磨いて鍛錬に勉強、隊長の仕事をしておるのじゃ。だから……ムラギリ様を現伍番隊隊長として、どうか認めてほしい」
よく見ると机の上には書類や難しい本が積まれており、子供部屋と言うにはかけ離れた場所であった。
ムラギリを見ると小さな声で「お母様……」と呟き涙の粒を流していた。
何かを探るように手を動かし、オポムリアが黙ってその手を握るとムラギリはほんの少しだけ笑顔になり更に深い眠りへと落ちていった。
「夜分にすまんな、お前も戻って良いぞ」
『いや、こっちこそ何か首突っ込んで悪かったな』
「ふふ、お前意外と理性的な所あるのじゃな」
『こっちの台詞だわ』
「ガハハ!今度は迷子になるんじゃないぞ!次は期待している、オポムリア」
『……次は絶対に、一番に到着してやる』
突き出された拳に自分の拳を当てるオポムリア。
お互いに良い笑顔を見せ、次の修行を楽しみにするのだった。
そして部屋を出る前に、一つ思い出したことがあり思い切ってウワバミに聞くことにした。
『そーいやあの山、なんか曰く付きなのか?途中変な霧出て歌聞こえて影が見えたぞ』
すると交換用に水を絞っていた手拭いがぶちぶちぶちと音を立てて千切れていった。
何か失言をしたかとウワバミを見ると、暗がりでも分かる程顔が真っ青になっており顔が引き攣っていた。
「止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろおおおおおお前あの山がそんな心霊スポットな訳なかろう!いいい今迄幾度となく修行してきたがそんな可笑しな現象見たこともないわ!きっと幻じゃろう!そうじゃそうに違いない!!疲れているんじゃならばさっさと寝ろ!!」
『えっお前その図体してまさか怖い物嫌いとか……』
「怖くないわい!分かったならさっさと寝ろ!!ムラギリ様が起きるじゃろ!」
『いやお前の大声の方が起きるだろ……』
「いいから行け!」
人は見た目によらない。
意外な事実に驚愕しながらも、オポムリアは今日の最後の最後でそう思ったそうな。