「なぁ、スザク」
「何?」
そう声を掛けられるまで、僕達はいつも通りだった。
いつもの様に仕事はないかと尋ねられて、なかったからクラブハウスにお邪魔させてもらって、夕ご飯までの時間を二人でゆっくりと過ごして。
「一つだけ、我侭言ってもいいか?」
「うん?」
どこか儚げの彼が今その時、まるで消えてしまいそうだと感じた。
「どうしたの?」
よく分からないけれど、何故か心臓がばくばくと音を立てだした。
気付かれない様自然らしく彼に顔を向ける。
一体、彼は何を言いたいんだろう。
ナナリーを守って、とかそれとも途方も無いものだろうか。
ルルーシュの思考は冷たいようでいて、その実いつだって情がある事を知っている。
だからそうやって改めて言われると凄く怖かった。
固まりそうになる体を叱咤して、彼を見つめる。
「…抱き締めて、欲しいんだ」
「え」
「すまない、気持ち悪かったよな。忘れてくれ、戯言だ」
予想外に小さい、ささやかなお願い事に驚いてると、ルルーシュはその綺麗な顔を歪めてそっぽを向いた。
そして居た堪れないと腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「あ、待って!」
今呼び止めないといけないと思った。
慌てて彼の腕を掴んで気付く。
彼はこんなに細かっただろうか。
いや、前から細いのは知っていたけど、軍人である僕には分かる。
この痩せ方は、尋常じゃない。
「ルルーシュ」
彼が望むように、彼の身体に僕の手を回した。
「いい、止めろ。同情ならいらない」
少し身じろいで逃げようとしたけど、逃がすものか。
「違うよ、別に嫌だと思ったわけじゃないから。ただ驚いたんだ」
だって、まさかルルーシュが自分から我侭だと言ったその願いが、そんなささやかなものだとは思ってなくて。
だからすぐ行動に移せなかったのを謝る意味も含めて、僕は彼をしっかり抱き締めた。
僕より低いけれど暖かい体温。
清潔で、でもどこか甘い匂い。
多分今までで一番、ルルーシュを感じた。
ルルーシュも僕の言葉に納得したのか、ただ抱き締められるままでいる。
彼も僕を感じてくれているだろうか。
それならいいな。
「ありがとう、もういい」
それから少し、ぽつりとルルーシュはそう呟いた。
気付けば意外と時間が経っていて、ただ抱き締めていたのにこんなに時間が経つものかと僕は少し不思議に思った。
「スザク」
僕がぼうっとしているのが分かったのだろう。
名前を呼びながら僕の腕に触れ、彼は解放を求める。
ちょっと残念だと思ったけど、ルルーシュの望みどおり腕を緩めた。
初めての我侭だから、彼の意になるべくそえるようにしてあげたいと思ったから。
そんな僕の思いは分かってるのか、するりと、まるで猫の様に彼は僕からすり抜けた。
「もういいの、ルルーシュ」
「あぁ」
今まで僕に背を向けていたルルーシュがそこで振り向いた。
相変わらず綺麗な顔。
だけど向けられたのはいつもの少し照れた、優しい笑顔ではなかった。
「ありがとう」
悲しそうで、辛そうで、今にも消えてしまいそうな泣き顔だった。
「ル、ルーシュ…」
「どうした?」
それは感謝してる時の顔じゃないよ。
言いたかったけど、彼の顔を見ると言えなかった。
「何でもない。でもこれぐらいの我侭は我侭じゃないから、いつでも言ってね」
だからせめて安心させてあげようとそう言ったのに。
「…」
彼はそれに俯いて。
一粒雫を床に落とした。
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クロークの依存論