生存確認
 モズ氷(dcst)A
 2021/2/17 03:18

私が出来る事には限界がある。だから、私に出来ない事が出来るモズ君に協力を仰いだ。彼が持つ、決して綺麗ではない繋がり。それを使ってでも、事態を迅速に収束させる必要があったからだ。
ほむらクンに渡した下着は全部で5枚。モズ君に話をしたあの日、最後の1枚が盗まれたそうだ。犯行があった以上何らかの痕跡がある筈だと、モズ君が例のお友達に声を掛けて情報を探ってくれたそうだが、有力な手掛かりは得られなかったとその後連絡があった。
使えない人達ですねとつい嫌味を溢してしまったが、モズ君はほんとだよねぇと笑った。


それから約ひと月。
最後の1枚が盗まれて以来、男物の下着を干さなくなったほむらクンの家のベランダから、洗濯物が盗まれる事はなくなったそうだ。やはりあの犯行は、下着がカムフラージュと気付いている事を表していたのだ。執拗にそれだけを狙う理由なんて他にない。
卑劣な犯罪者に沸々とした怒りを抱えながら、警察に通っては対応の強化を求め、モズ君からの一報を待つ。不安げにするほむらクンに、私の苛立ちを見せる訳にはいかない。笑い掛けると、ほんの少し緊張を解いて笑い返してくれる。その小さな体で、男という絶対的強者から虐げられるなんて、あってはならない。

いつもの様にほむらクンを家に送り届け、自宅へと戻る。いつもの様に。何も変わらない。
筈だった。

「…?」

自宅のドア、そのドアノブに、ビニール袋が下がっている。家主である私が下げた覚えのない袋。何処にでもある全国チェーンのコンビニのロゴが入っている袋だ。
誰か別の部屋の住人が、若しくは別の部屋の住人の関係者が、部屋を間違えて私の部屋に下げてしまったのだろうか。私の知り合いと言う線は、はっきり言ってない。私の知り合いに、何も告げずこんな所にものを放置していく様な馬鹿はいない。
しかし私の部屋にあるものなのだ、無視は出来ない。すぐそこまで近付いて、袋の中にメモらしきものが入っている事に気付いた。小さな紙に小さな文字が印刷されている。“氷月”。それは間違いなく私の名前だ。
袋の中にあるのは、私の名前が印刷された紙と、何かの布だった。

「……っ…!?」

見慣れた質感の布。何だろうと思ったのは一瞬だ。袋を掴んで、慌てて部屋に飛び込んだ。
手が、脚が、震える。大きな音を立ててドアを閉め、上手く動かない手で何とか鍵を掛ける。
自分の呼吸がうるさい。ばくばくと脈打つ心臓がうるさい。胸に抱き締める様にした、ビニール袋がかさかさと鳴る。うるさい。

袋の中身は、下着。
私がほむらクンに渡した、ほむらクンの家から盗まれた、私の下着だった。












1枚目は、下着とメモ。氷月、と、私の名前だけが書かれていた。

1週間後、2枚目の下着がドアノブに下げられていた。同じコンビニの袋に入って、同じ紙に同じ様に私の名前が印刷されていた。
違ったのは下着の方。1枚目は、新品そのものがただ袋に入っていただけだが、2枚目はそうじゃなかった。何かの液体が、付着して、乾いた様な跡が付いていた。それが何なのか知っている様な、解る様な、そんな気がしたけど、考えたくなくて考えるのをやめた。

更に1週間後、3枚目の下着がドアノブに下げられていた。同じコンビニの袋、同じメモ。
下着は、今度は濡れていた。恐らく前回乾いていた液体の、乾く前の状態がこれなんだろう。白く濁った、どろどろした、特有のにおいのする液体。あぁやっぱりそうなのかと、頭を硬いもので殴られた様な衝撃と共に現実を受け止めた。これは精液だ。男が性器から放つもの。盗まれた下着が、精液が付いた状態で返される。それがどういう意味なのか、考えるなと考えても考えてしまって、目の前が真っ暗になった。


今日だろうな、と思っていた。予想は外れてくれない。ドアノブに下げられたビニール袋が、風に煽られてはためいている。あのロゴのコンビニを見ると手が震える様になってしまった。
袋の中には、下着と、…メモ、ではない。封筒だ。メモと同じフォントで、氷月、と印刷されている。何が入っているんだろう。確認したくない。確認しなきゃいけない。確認したくない。
封筒の下に敷かれた下着は、見るからにひどい。前回と比べ物にならないくらいの、大量の精液に汚されている。
震える手で袋をドアノブから外して、部屋に入る。濃い精液のにおいが部屋を満たすのがとても嫌だけど、こんなもの外に置いておける訳がなかった。
封筒を持ち上げる。下着に触れていた面は精液で濡れてぐずぐずだ。指で摘まんで、切れ目を入れる。紙を破く時の高く鋭い音はせず、ふやけた感触だけが指に伝わった。気持ち悪い。
封筒を逆さにして、落ちて来たものを確認する。チャック付きの袋に入ったUSBだった。

「な、……ッ…!」

思わず取り落としてしまい、床にぶつかり高い音を立てたそれに、尚更動揺する。
何でこんなもの。何が入っているというんだ。こんな醜悪極まりない事をして、それだけじゃ飽き足らずこんな、こんなものを。

───見たくない。そう思ってしまった。

頭が痛い。体が震える。歯の根が合わない。視界が真っ直ぐに保てない。気持ち悪い。きもちわるい。きもちわるい。
きもちわるい。
見なければならない、そう思うのに、見る勇気は出なかった。無理だ。見られない。見れば犯人の手掛かりが得られるかも知れないのに、見られない。私には出来ない。私には、

「……、ぁ…」

私に出来ない事が出来る人が、いる。出来る事を増やす為に、力を貸してくれる人が。

「…………ズ、君」

上手く動かない手で、誤字だらけのメッセージを送信する。きっとこれでは何も伝わりはしない。
それでも、彼なら。

直後振動する端末に、言い表せない程の安堵が溢れる。受話器のマークをタップして、ここにいない彼と繋がった。

『どしたの、氷月。何かあったんでしょ』
「頼みが、あります。うちに、来て、下さい。今すぐ、に」

何とか絞り出した言葉に返事はなく、通話は直後に切られた。
それからどのくらい時間が経ったのかは解らないが、きっと大した時間ではないのだろう。背後の扉が猛烈な勢いでノックされて、真っ暗だった視界が明るくなった。

c o m m e n t (0)



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