【小説】そして今日環状線で(中編)
2017/01/30 22:14
その時大混乱にあった俺、平泉の話の続きである。
〈次はサンダンジ、サンダンジ〜〉
と今言ったのだ、よな?
そして俺の目はおかしくなってしまった。
ここは塩屋?
有り得ない!
駅名は『撒弾似』、やっぱり!
この街は、ここは、有り得なくても…
何でかは置いといて、多分…
「三ノ宮だ」
「三ノ宮、三ノ宮〜! 阪神線、阪急線、ポートライナー、地下鉄線ご利用のお客様はお乗り換えです。お出口は…」
急に車内アナウンスの口上がおっかぶさってきた。
顔を上げるとお馴染みの奴がいる。
「大将!」
平泉は思い切りあきれていた。
同じ電車に乗り合わせる者みんなに『大将』で知られている━━いわゆる暗黙の了解というやつだ━━かなりの電車オタクと思われるお馴染みの人物の日常がいきなり割り込んできたように感じたからである。
いつもは五月蝿く感じるだけの大将の声に有り得ない程ホッとしてしまった自分にあきれている。
「大将が帰るそんな時間か」
漠然と午後早い時間と思い込んでいたが、にわかに現実的に時間を意識する。
そういえば大将とは行きも帰りも割と一緒になり易かった。
しかし、初めてじっくり見てみると大将は思いの他若い、というか高校か大学生ぐらいの未成年のような顔をしており、男の子に言うのもおかしいが、思いの他綺麗な顔だちをしていた。
だが、ふるまいはいつも通りだ!
それは異常な程に。
〈次は〜〉のアナウンスにおっかぶせて、滔々(トウトウ)と続きをまくしたてる。
「次は、元町、元町。お降りのお客様は…」
それを聞く内に平泉は意外にも落ち着いてきた。
さっきのが三ノ宮で、今度が元町ととりあえず考えるという事に成功する。
(だとすれば、次が神戸、それから兵庫、新長田、鷹取、須磨海浜公園駅、で、須磨)
そして、(おや?)と思う。
(塩屋は? 須磨の後確かまた戻った?という事か?)
新しい、だが信じがたい考えだった。
JR神戸線は神戸市の海側を東西に走る電車である。ポートアイランドを回るポートライナーや大阪環状線とは違う。
これがあくまでJR神戸線なら須磨(もどき)の次は塩屋(もどき?)にならなければいけない。
だがさっき須磨(もどき)の次には、そう、あれは三ノ宮(もどき)だったようなのだ。
「これって環状線なのか?」
思わず口をついていた。
「環状線ではありません」
間髪入らず答えが返る。
大将だ。
平泉に半ば背を向けたまま続けて、
「JR神戸線は愛称である。JR神戸線は東海道本線大阪から神戸間及び山陽本線神戸から姫路間の愛称である。阪急電鉄にも神戸線がある為混同を避ける目的でJRと…」
大将はまだつらつら続けているが、それはいい。
つまり、やっぱり断じて環状線であるはずがないのだ、名称、いや愛称がJR神戸線であるのなら。
「ならJR神戸線じゃないのか」
「行きは7時55分に塩屋から、帰りは15時50分に三ノ宮からJR神戸線で帰ります。利用するのは月曜日から金曜日。土曜日と日曜日はお休みです」
立て板に水とばかりにまくしたてながら、大将の顔には何の表情もみとめられない。
(だけど親切だよな)と平泉は思った。
これで多分さっき15時50分に三ノ宮(もどき)から大将はこの電車に乗ってきたとの推測がたつ。
だから、やはり須磨(もどき)の次が三ノ宮(もどき)だったのだ。
それから━━
気分が落ち着こうとも再び同じ試練は近づいてくる。
次は須磨だ。須磨か須磨もどきが来る!
須磨の次に塩屋(もどき?)が今度は来るのか、それともまた…
「大将、須磨の後三ノ宮だったらどうする?」
ちょっと訊いてみた。
「大将は誰ですか? 須磨の次は塩屋です。三ノ宮はありません」
「あ、もし、もしだよ。須磨の次にまた三ノ宮に来たとしたら?」
「須磨の次は塩屋です。塩屋に着いたら降りて16時20分、75番の市バスに乗ります」
どうやら大将のスケジュールは細かいとこまで決まっているようだ。
じゃなくて!
「須磨の次が三ノ宮ならどうする?」
も一度訊いた。よりシンプルに。
「塩屋に着いたら降りて16時20分、75番の市バスに乗ります」
駄目だ。
大将はこんなキテレツな話にはついてこれない。
さーて須磨(仮)だ!
〈次は、ヤギ…〉というのが聞こえたかに思えたが、すぐにいつもの大将のアナウンス真似がおっかぶさったので、駅名なんかは『邪戯』なんで、読みはスマよりヤギだろうが、前回よりも須磨だと自分に信じさせる事に成功した。
でも大事なのは次だ!
どうするかを決断しないといけない。
須磨(仮)で快速待ちの間に今度もまたうんと考える。
そして、仕方ないからこうするしかないかなあというラインはやっぱり同じ結論でしかないのだった。
「大将、俺は塩屋だろうと、似た別の駅だろうと、三ノ宮だろうと次で降りてみるよ。恐らく次は塩屋じゃないからお別れだな」
大将の反応は無かった。
続く