+┼ 誰がために蝶は羽撃く ┼+
夜に咲う
2023/2/1
01:00 Wed
眠れない夜、というものは往々としてある。
そう言うと「お前に限って」と言われることが多いのは仕方ないと、武藤カズキは自覚していた。周りに悩みなんてなさそうだと思われていることは、そうありたいと望む己自身が作り上げた理想通りの姿だ。苦痛に思うことはゼロではない。それでも、構わないと思えるのは、ふと漏らした弱音を拾い上げてくれる友人や大切な人がいてくれるからだろう。
例えば、こんな夜にも。
重さのある鉄の扉をそっと開くと、頬に触れた冬の空気に微かな欠片しかなかった眠気すら起こしされていた。一層冴えた頭と視界で見上げた夜空は、少しばかりの雲と満点の星が広がっていた。
寒いだろうと覚悟して羽織った上着の襟をあげ、冷える指先を吐く息で温める。白く染まり消えていく息に、これでは来てくれないかもしれないな、と苦笑する。
銀成市には、ちょっとした都市伝説がある。それは、神出鬼没なーー。
「パピヨン」
白く染まる息に乗せて、その名を声に出す。舌がもつれそうになったのは、寒さのせいか慣れない呼び名のせいか。冷える指先を温めるために上着のポケットに突っ込み、仰いだ夜空にも変化はなく。やはり、こうも寒くては来ないかとカズキはそっと目を閉じた。
「貴様が呼ぶべきはその名ではないだろう」
不服そうな声が耳の近くで聞こえて、カズキは弾かれたように目を開いた。見えるはずの星空の代わりに、鮮やかな橙色の蝶が眼前で羽を広げていた。羽ばたくことのないそれが、仮面だと気が付くのに、時間は必要なかった。羽ばたかない翅の代わりに、底のない暗闇のような瞳が大きくまばたき、仮面の下で薄い唇がそっと微笑んでいた。
「ごめん」
思わず口をついて出た謝罪遮るように、ひんやりとした指先がカズキの唇に押し当てられた。蝶々仮面の下、細められた黒い瞳が微かな光を乱反射するように見えた。
「謝るなよ偽善者」
上着に入れていた手を出し、目の前にある白磁の頬に触れる。とても冷えているその肌に僅かに温まっていた指先の体温さえ奪われていくように錯覚してしまう。頬をなぞり、後頭部へ滑らせた手のひらで鼻先が触れるくらい互いの顔を近づける。
「蝶野に会いたかった」
そう伝えると、唇に乗ったままだったパピヨンの爪先がカズキの歯に触れた。かちりと鳴った音に逡巡した指先を逃さないように緩く噛むと、頬に触れている手のひらから動揺が伝わってくる。唇を閉ざし、咥えた指先にそっと舌を這わす。冷たい指先を舐め上げると上擦った吐息が漏れるのが聞こえた。咥えた指を解放すると、咎めるように爪先で軽く唇を弾かれた。小さな痛みに抗議しようとしたカズキの声は、重ねられた唇に吸い込まれていた。瞬いたカズキの視界の向こうで、パピヨンの黒い瞳が羽ばたくように瞬いた。
触れるだけで離れた唇を「知っていたさ」と囁いた言葉と温かい息が撫でる。
「蝶人パピヨンはなんでもお見通しだからな」
薄い唇が夜に咲くの花のように緩く弧を描いいていた。
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